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「プロテスタンティズム」

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  中公新書の一冊。2017年3月刊。
  著者は宗教や哲学を専門とする深井智朗さん。

1 キリスト教がヨーロッパで定着した理由
(1)唯一神を信じるキリスト教は、聖人や守護天使に祈りをささげるということで、ローマに根付いていた多神教的世界観を自らのうちに取り込み融合させた。

(2)キリスト教はもともとユダヤ教の一分派であったが、ユダヤ教から追い出され、また、中東、アフリカの地はイスラム教が支配的になったため、ヨーロッパで生き延びるしか方法がなかった。

(3)人間は死後、天国に行くか、地獄に行くかどちらかだ、天国に行くためには教会の教えに従う必要があると、脅した。

2 原罪と贖宥状(しょくゆうじょう、免罪符)
(1)人間は、アダムとイブ以来の原罪をもって生まれる。この原罪が人々の過ちを誘発する。日々の過ちはどのように許されるのか。

(2)7世紀頃、司祭の前で自らの犯した罪を告白する(懺悔)という仕組みができた。司祭はその罪を許し、これが天国へ行くための条件となる。

(3)さらに、15世紀頃には贖宥状というものができた。これによって自らの犯した罪に対する罰が帳消しになる。贖宥状とは贖宥が行われたことを示す証書であった。人々はこれを買い、天国に行けると考えた。贖宥状は、教会やローマ教皇に多くの利益をもたらした。

3 宗教改革の背景
(1)神聖ローマ帝国
   962年、ドイツ、スイス、北イタリアの地域を支配していたオットー一世が、ローマ教皇により、ローマ帝国の継承者として皇帝と任ぜられ、神聖ローマ帝国が誕生した。
   しかし、ドイツ国民を主とする神聖ローマ帝国は、絶えずローマ教皇の顔色をうかがい、政治的にも宗教的にも拘束されることになった。
   ローマ教皇による搾取は激しく、神聖ローマ帝国内の商工業者や農民層は、ローマに対して批判的な感情を抱くようになった。

(2)煉獄
   中世キリスト教では、天国にも地獄にも属さない「煉獄」という段階を想定する。人々は、地獄に行く前の煉獄の段階で、それまでに買っていた贖宥状を利用して天国へ行く道に戻してもらうことが可能と説かれた。贖宥状は天国行きを確実にする便利なものとして売られた。
   贖宥状には定価がなく、人を見て、支払えるものからは多くを搾り取った。

(3)当時の聖職者
   その多くはきちんとした神学の教育を受けていなかった。
   教義や聖書についての説明などはほとんどできなかった。
   聖書はドイツ語のものはなく、地方の聖職者の多くは聖書を読んだこともなかった。
   知っていたのは贖宥の仕組みだけだった。 

4 宗教改革の始まり
(1)1517年、修道士マルティン・ルター(1483~1546)が地域の大司教に対して、贖宥状の購入を勧めるのではなく、聖書の言葉を正しく聴き、真の悔い改めをなすように人々に語るべきとの書簡を送った。

(2)印刷技術が15世紀にグーテンベルクにより発明されていたこともあり、ルターの主張はまたたく間にヨーロッパ各地に広がった。ただし、ルターの贖宥状批判は、西ヨーロッパのキリスト教であるカトリックのリフォームを目指したもの。

(3)ルターの周辺の人々は自らを「福音主義」と呼んだが、カトリックの支配層はルター達を「福音主義者」という名誉ある称号ではなく、プロテスタント(抗議する者たち)と呼ぶようにした。このため、英語圏やオランダ語圏ではこの言葉が定着するようになった。

(4)ルターの死後の1555年、アウグスブルクの宗教平和の決定で、ルター派はカトリックとともに宗派として政治的に認められた。以後、領主はこの二つの宗派のいずれかを選び、領地内のすべての領民は、領主の選択した宗派を信仰することになった。

5 宗教改革の三大原理
(1)聖書のみ : 聖書に書かれていることが、教皇の考えに先行する。

(2)全信徒の祭司性 : 誰もが聖書を司祭のように読み、そして解釈してよい。

(3)信仰のみ(信仰義認) : 神が人間を救うという行為を人間はただ受け取るのであり、神がなすことを信頼するのが信仰。
    *浄土真宗の「他力本願」とルターの「信仰義認」は似ているといわれる。

6 その後のプロテスタンティズム
(1)カルヴィニズム
    スイスのジャン・カルヴァン(1491~1551)が主導し、改革派と呼ばれた。
    カトリック教会の伝統の中にあった魔術的要素、反聖書的要素を徹底的に排除しようとした(フランスではユグノーと、スコットランドでは長老派と呼ばれた)。

(2)イングランドの改革
    1543年、ヘンリー8世は英国教会を設立し、バチカンから離脱した。
    その後、英国教会の改革や制度批判を行った人たちがピューリタンと呼ばれるようになった。

(3)洗礼主義(17世紀初め、イングランドで誕生したバプテストや、大陸の再洗礼派など)
   ① 教会を領主の所有物ではなく、自発的な結社として理解。
     個々人が主体的に信じる自由を持ち、自由に教会を作り、その信者となることができる。

   ② 幼児洗礼の否定。自覚的な成人の洗礼だけが正しい洗礼である。
    
8 2種類のプロテスタンティズム
(1)古プロテスタンティズム
    ルター派やカルヴィニズムなど。
    1555年の決定に従い、一つの政治の支配単位には一つの宗教という政治的支配者主導の改革の伝統を受け継ぎ、国営の教会あるいは国家と一体となった。
    宗教の決定権は個人にはなく、政治をつかさどる王や政府に与えられている。

(2)新プロテスタンティズム
    国家との関係を回避し、自由な教会を自発的結社として作り上げた。

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