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外国人が見た昔の日本の風俗 [日本史]

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  中世日本の風俗は、西欧の影響を受けた近現代のそれとはかなり違う。
  外国人が書き残した書物から、見てみたい。

1 「ヨーロッパ文化と日本文化」 (岩波文庫)
    著者のルイス・フロイス(1532~1597)はイエズス会の宣教師として来日。
    信長。秀吉の時代を中心に、35年間日本で布教を行い、長崎で生涯を終えた。

(1)女性の貞操
  「ヨーロッパでは未婚の女性の最高の栄誉と貴さは貞操であり、またその純潔が犯されない貞潔さである。日本の女性は処女の純潔を少しも重んじない。それを欠いても、名誉も失わなければ、結婚もできる。」
  (この時代には処女の純潔や貞操を重んずる観念は薄かった。キリシタンの信仰が伝わったとき、教会で大いに風俗矯正に力を尽くしたため、信徒の間には純潔を尊ぶ観念が植え付けられた。)

(2)離縁
  「ヨーロッパでは、妻を離別することは罪悪であるうえに、最大の不名誉である。日本では、意のままに幾人でも離別する。妻はそのことによって、名誉も失わないし、また結婚もできる。」
  (妻の実家と協議のうえ離婚する場合もあるが、一般には夫の一方的意志によって行われた。)

(3)女性の行動
  「ヨーロッパでは娘や処女を閉じ込めておくことは極めて大事なことで、厳格に行われる。日本では娘たちは両親にことわりもしないで一日でも幾日でも、独りで好きなところに出かける。」

  「ヨーロッパの妻は夫の許可がなくては、家から外へ出ない。日本の女性は夫に知らせず、好きなところに行く自由を持っている。」

2 「回想の明治維新」 (岩波文庫)
    著者は亡命ロシア人革命家のメーチニコフ(1838~1888)。
    維新革命を果たした日本に魅せられて、明治7年から1年半、日本に滞在した。

(1)衣服
   「横浜の鉄道駅にひしめく群衆は・・『紺色の』群衆と呼ぶにふさわしい。なぜなら群衆全体が、大も小も、老いも若きも、男女、身分の別なく、まるで制服ででもあるかのように、一様にインジゴ色のくすんだ色合いの着物に身を包んでいた。」

(2)裸
   「平民身分の日本人はズボンを全くはかない。・・日本人のこうした裸好きを私が初めて目にしたのは、横浜の駅頭であった。」

   「人力車の人足たちは暑い季節ともなると、われ先にその赤銅色の体を圧迫する衣服をすべて脱ぎ捨て、腰のまわりに最小限の手ぬぐいか帯のようなものを巻き付ける姿になる。」

(3)浴場
   「政府は、公衆浴場では男湯と女湯をしっかり区切るよう命じている。・・たしかに男女混浴こそできないが、好きな連中が双眼鏡でも持って、女湯で入浴する日本の女たちに見ほれるとしても、誰もそれを妨げたりしない。」

(4)純潔
   「世界のすべての古い文化的民族の例にもれず、日本人も外国人と接触する以前から、夫婦間の貞節という意味で、とりたてて処女のごとき純潔を特徴としてきたわけではない。」

(5)読み書き
   「日本は、中国と同じく、ロシアやラテン系諸国よりも識字率が極めて高い。読み書きの能力など、日本のすべての国民にとって、あって当たり前と考えられている。」

<飛脚>
飛脚.jpg

<浴場>
浴場.png

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