So-net無料ブログ作成
検索選択

「日本とドイツ 二つの戦後思想」 [昭和史]

IMG_20170712_0001.jpg

 光文社新書の一冊。2005年刊。
 著者は社会思想史を専門とする仲正昌樹さん。

 戦争に関して、日本とドイツの考え方の違いを論じている。

1 戦争責任
(1)日本
  A 戦犯をはじめとする政府・軍首脳だけが加害者で、天皇も一般国民も、無理やり巻き込まれた被害者であるという考え方が一般的であった。

  B 日本では、日露戦争時の一般国民の熱狂、関東大震災の際の朝鮮人虐殺、満州開拓や国家総動員体制への自発的参加など、加害者的側面が見出されるが、国民が東アジアへの侵略にどこまで自発的に参加していたかについて、全体像を明らかにするような議論の枠組みは形成されていない。

  C 一般国民は被害者ではなく、「共犯者」であるという主張が出てこなかった理由・・
   ① 原爆によって受けた被害のイメージが強烈で、アジア諸国に与えた被害が視野の外に追い払われてしまった。

   ② 戦後の革新勢力は、反戦・反核の平和運動において、被害者として「二度と戦争を起こさせない」ということに集中し、一般国民が為政者たちの無謀な政治の被害者であると同時に、アジア諸国に対しては加害者の立場にいることを明確にしてこなかった。

   ③ 戦前の政治権力者が戦後も主導権を握り続け、自己の戦争中の政治責任にスポットが当たることのないよう、加害者の側面を隠し、被害者の側面を膨らまそうとした。

   ④ 日本国内で一般国民の被害者性が強調されても、周辺国が戦後、開発独裁型であったり共産主義の政権であったため、反日感情が直ぐに盛り上がることがなかった。
  (このため、日本の姿勢を批判する声が韓国や中国でいつまでも続くことになってしまった)

(2)ドイツ
  A ドイツでは、周辺国の厳しい眼があったため、自らが被害者であるという主張は許されなかった。  

  B このため、当初より加害者としての責任が問題となった。

  C 加害者としての責任がナチスにあることはもちろんであるが、「普通のドイツ人」が日常生活における振る舞いにおいてどの程度「ナチス」であったのかということが議論されてきた。

  D 大衆の間にすでに浸透していた反ユダヤ主義がナチスのホロコーストを支えた、という考えがある
     
3 ドイツ社会の問題点
(1)ドイツでは、市民革命を経ないで経済発展を遂げたため、伝統的なエリート層による旧来の支配体制が温存され、下からの改革運動を抑圧し続けた。政治文化が権威主義的で、市民の主体性が育っていなかったせいで、大衆の間にナチズムが浸透していくのを食い止められなかった。
  
(2)これは、経済発展や化学・技術の発展に伴って民主化も進み、市民たちが安易にナショナリズムに共鳴しなくなった英仏との大きな違いである。

4 日本の曖昧さ
(1)日本も、「下からの革命」を経なかったがゆえの日本の「市民社会」の未成熟が、戦前の超国家主義的ナショナリズムの温床になった、という有力な見方がある。

(2)大日本帝国の「国体」は公式的にはいったん解体されたものの、天皇制を核として文化的・宗教的なレベルでは生き残り、それが「国民国家」としての日本国の統合の象徴として機能しているので、右にとっても左にとっても、自分たちの立っている足場が見えにくくなっている。

(3)日本を国民国家たらしめてきた「中心」が生きているのか死んでいるのかわからない中途半端な状態にあるので、何を基準にして「日本国民」という共同体について語っているのかはっきりしなくなる。

5 憲法改正に対する姿勢
(1)日本国憲法では天皇制という旧体制の痕跡が残っているが、革新勢力は九条を守ることが、天皇制を廃止して過去と完全に決別することよりも重要と考えた。このため、革新勢力は九条改正へと発展することを恐れ、あらゆる憲法条文の改正の可能性を拒絶するという態度を取ってきた。

(2)改憲派も護憲派も、自己自身の主張のうちに矛盾を抱えている。すなわち・・
  A 改憲派は、アメリカに押し付けられた憲法ではなく自主的な憲法を持つことを主張するが。一方では日米安保体制の枠組みの中でアメリカ依存を強めている。

  B 護憲派は、対米依存脱却を主張するが、一方では占領下で作られた憲法を守ろうとしている。

(3)ドイツでは骨格は守りながらも、内外の情勢に対応して部分的な改憲を何度も行っており、特定の条文を神聖視するあまり、他の部分についても変更しないということにはなっていない。

6 戦争抑止への対応
(1)暴力的なナショナリズムへの傾斜を防ぐためには、政治的な責任の主体としての近代的公民を育成することが必要。

(2)ドイツのリベラル左派は、自分たちが軍事的・外交的に「西側」の一員になっているという事実をはっきりと認めたうえで、「市民社会」をベースにしながら、国内の政治文化が膨張的なナショナリズムに再び傾斜するのを阻止するという戦略を取ってきた。

(3)日本では、第九条による戦争放棄という理念の固持だけが唱えられ、戦争に至った原因分析や、日本の制度や文化に潜む問題点の把握には至らなかった。

7 野蛮な暴力
(1)ドイツでは、自国文化に潜在的に含まれる野蛮性を問題にした。
 
(2)野蛮な暴力に満ちている世界を、、軍事力や警察力によって強制的に文明化し、暴力を一掃しようとすれば、不可避的にその「野蛮な相手」よりもさらに野蛮な暴力を発揮しなければならなくなる。
  野蛮な暴力を行使するテロリストを武力で制圧しようとすれば、彼らを圧倒する「暴力」をたとえ瞬間的にでも使わざるを得なくなる。
  より強力な暴力によって暴力を抑えるという手法をあからさまに用いると、相手の恨みを買い、第三者までも巻き込んだ暴力の相互連鎖を引き起こしてしまう。

(3)文明を推進している人間自体が身体的なレベルでは依然として「自然」の一部であるため、「主体」が自らのうちにある欲望を完全にコントロールしきれない。
  身体的欲望を全面的に管理しようと無理な努力を続けると、無意識的に抑圧されていたものがどこかで爆発してしまう。

(4)どの政治形態も、抑圧された野蛮な暴力を内に抱えていることを強く意識することが、戦争を抑止するためには必要である。


nice!(1)  コメント(0)  トラックバック(0) 

nice! 1

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

トラックバック 0