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日本のこんなところがおかしい [インターネット情報]

国際政治.png  欧米諸国と比較して日本がおかしい点を拾ってみよう。
1 日本は平均入院日数が長い。それだけ費用も余計にかかっており、効率が悪くなっている。特に、精神科の場合、日本が300日であるのに対し、欧米主要国は50日以下。明らかに日本の精神病棟は遅れている。
2 日本は高額医療器械であるCTやMRIの設置台数が多い。100万人当たりの設置台数でみると(2005年)、CTの場合、日本が92台に対しアメリカは32台。MRIは、日本が41台でアメリカが26台。
2 地方議会の議員は欧州の主要国の場合、名誉職で無報酬。経費を実費支給するのみ。日本では高いところで年間1,000万円以上の歳費のほか、政務調査費などほかの名目のものもある。そのうえ、カラ出張や領収書偽造などによる不正請求もあるのだから驚く。
3 国の借金が多い。政府総債務残高のGDP比は日本が248%であるのに対し、アメリカ105%、イギリス88%、ドイツ71%、フランス96%、イタリア132%となっている。欧米各国が債務の膨張を厳しく制限しているのに対し、日本はなにもせず、借金を積み重ねて、使いたいだけお金を使っている。
4 中央銀行の財務内容も日本だけ突出して悪くなっている。中央銀行の総資産残高のGDP比はアメリカ25%、EU28%に対し、日銀は80%。異次元金融緩和ということで、国債や株式を買いまくっている。
5 日本はメディアが弱い。新聞は全国紙の割合が大きく、地方の問題の取り扱いが弱い。また、90%が配達により届けられているため、新聞経営に緊張感がなく、平凡な紙面内容となっている。また、日本の各新聞の電子版は、大半は短い記事のみ。一方、欧米の新聞の電子版は長文の記事や動画を多数掲載している。

漱石の文明論 [日本文学]

漱石 文明論.jpg  岩波文庫の「漱石文明論集」から、漱石の講演記録を二つ見てみたい。漱石は余談を交えて退屈させないように話しているが、本論の内容は決してやさしくはない。
1 「現代日本の開花」(1911年11月、和歌山にて)
 A 漱石は以下のように言う。
   ア 日本の文明開化は西洋の真似をしただけ。「皮相上滑りの開化である。」
   イ 「我々のやっていることは内発的でない、外発的である。」
   ウ 「西洋の新しい説などを生かじりにして、ほらを吹くのは論外。」
   エ 西洋人が100年かかって作り上げた知識を我々が吸収咀嚼しようとすると、神経衰弱に罹ってもおかしくない。
 B 明治維新はは確かに武士階層内の権力の移行に過ぎず、国民全体を巻き込んだ変革ではない。また、その後の文明開化も西洋の技術や法制度をまねたものでしかない。しかし、日清、日露の戦争に勝利をおさめ、世界の一等国に躍り出たこの時期に明治維新や文明開化を批判するような言動は勇気がいることであったのかもしれない。講演では、大半の時間を余談めいた話に費やし、上記の本論部分はわずかに触れているに過ぎない。真正面から切り込むことは出来なかったに違いない。
 C 漱石はロンドンで神経衰弱気味であったが、「大学の教授を10年間一生懸命にやったら、大抵の者は神経衰弱に罹る」という。この時期の知識吸収意欲のすさまじさとともに、神経衰弱にもかからないような一部の大学教授を批判しているのかもしれない。

2 「私の個人主義」(1915年3月、学習院にて)
 A 漱石がこの講演で言おうとしたのは以下の4点。
  ア 他の人の考えをそのまま飲み込むのではなく、何をするにしても自分の考えを大切にする。英文学の研究において英国人の書いた研究書を読んでも、しっくりこなかったが、「自分本位」という考えにたどり着いて不安が消え,文学に新たに取り組む力を得た。
  イ 自分の個性が発揮できるような、自分とぴたりと合った仕事を発見するまで努力すべき。
  ウ 権力や金力を使って、他の人が個性を発展させようとするのを妨害してはならない。
  エ 国家主義と個人主義は対立してどちらか一方ということではなく、共存するもので、時に応じてその重要度の割合が変化する。「国家の平穏な時には徳義心の高い個人主義に重きを置く。」
 B 西洋の思想、文化を急スピードで取り入れてきた明治の日本において、ただそれらを丸呑みするのではなく、自分の特性を尊重して、あくまでも自分の考えを確立することが大事ということだと思う。漱石は、小説を書くにあたっても自然主義など、その時々の文芸の潮流に流されることなく、自分に適したテーマを選んで書き進めたということではないだろうか。

ルーヴル美術館 [美術]

ルーブル.png  ルーブル美術館は数多くの名品を収蔵しているが、その中でも特に有名な作品はこの二つ。
1 ダ・ヴィンチ「モナ・リザ」  1505年頃の作。ダ・ヴィンチはこの作品とともにフランスに来て亡くなったので、この作品はフランス国王のものとなった。

2 メロス島の「ミロのヴィーナス」 紀元前100年頃の作。1820年に発見され、仏大使が入手した。

  それ以外にもルーブルが所蔵する名品は数多いが、強いて挙げるとすると・・・
1 「サモトラケのニケ」 紀元前190年ごろの作。1863年にサモトラケ島で仏領事が発見。ルーブルでは階段上の絶好の位置に飾られている。
サモトラケ.png   
2 ダヴィッドナポレオンの戴冠」  1807年の作。ナポレオン1世が注文した。
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3 ドラクロワ「民衆を導く自由の女神」1830年の作。1930年の7月革命を称えて作られた。
自由の女神.png
4 エジプトの「書記座像」      紀元前2500頃の作。古代の墓地から発掘された。知的な眼差しが印象深い。
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5 ジェリコー「メデューズ号の筏」  1819年の作。遭難者149人が筏で12日間、漂流したうえ15人が生き残り、助けられた事件を基にしている。
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6 アングル「オダリスク」      1814年の作。女性の裸体の洗練された官能美を表している。
オダリスク.png  

「オペラ座の怪人」 [海外文学]

IMG_20161219_0001.jpg  フランスの作家、ガストン・ルルーが1909年に新聞に連載した小説。パリ国立オペラ座を舞台した実話を基にしている。若者ラウル、ならびにオペラ座の地下に潜む怪人エリックの二人がオペラ座の歌姫クリスチーヌを愛し奪い合う物語。
  仮面をかぶっている怪人エリックに連れ去られたクリスチーヌは、相手の顔が見たくなり、本能的に素早く指で仮面をはぎ取ってしまう。怪人エリックはクリスチーヌに言う。
 「見ろ!わたしの呪われた醜さを見て目を楽しませ、魂を満足させるんだ!・・・おまえのようにわたしを見た女は、わたしのものになるんだ。」
 クリスチーヌは恐れおののくが、最後にその優しさから、怪人エリックに対し「可哀そうで不幸なエリック!」と言い涙を流し、彼の接吻を受け入れる。怪人エリックは初めて人から受けたやさしさに感動し、彼女を解放し、自分は死を選択する。

 「オペラ座の怪人」はこれまで9回も映画化され、ミュージカルロンドンニューヨークでロングランとなってる。ロンドンではウェストエンドの劇場で1986年から、ニューヨークではブロードウェイで1988年から、それぞれ現在まで上演が続いている。日本では劇団四季が1988年から各地で上演している。
 原作者のガストン・ルルーは1927年に亡くなった。彼は生涯で60以上の小説を書いたが、それにより裕福になることはなかった。1926年に作られた2作目の映画はパリで観ることができたが、その後も映画が作り続けられ、また、ミュージカルとなり絶大な人気を博すようになるとは想像できなかったに違いない。
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火事は恐ろしい [災害]

大火災.png  先日の糸魚川市の火災は改めて火事の恐ろしさを思い起こさせるものであった。この火災が消失家屋140棟の大火災になった要因は・・・
 1 初期消火の失敗(コンロに火をつけたまま、その場を離れていたのは論外)
 2 強風とフェーン現象による乾燥
 3 家屋密集地帯
 幸い死者は出さずに済み、また、火が海側に抜けていったため、更に広範囲に火災が発生する事態は免れた。
 明治維新以降で最悪の火災惨事となったのは1934年の函館火災。死者2,166名、焼失家屋11,105棟で、市内のほぼ全域が焼き尽くされた。寺田寅彦が書いた「函館の大火について」によると、大惨事となった要因として挙げられるのは・・・
 1 低気圧により強風が吹いていた。
 2 市街地の最も風上のあたりから火が出たため、風下の市街地全域に延焼した。
 3 火災の途中で風向きが変わり、被害が拡大するとともに、逃げ遅れる人が多数出た。
 4 市街地の両側が海に面している函館特有の地形のため、逃げ場を失った。
 
 この11年前の関東大震災では、主に火災により10万人強の死者を出している。また、函館においても1907年に焼失家屋8,977棟という火災が発生していた。しかし、火事の恐ろしさは直ぐに忘れ去られてしまう。寺田寅彦は「人間というものは、驚くべく忘れっぽい健忘症な存在として創造されたという、悲しいがいかんともすることのできない事実」と嘆いている。

 今回の糸魚川火災は火事の恐ろしさをテレビ画面から多くの人が感じることができた。函館火災のような悪条件が重なれば、現代においても函館火災を上回る被害が発生する可能性はある。東京においても墨田区や杉並区のような住居密集地域で火災が広がった場合、気象条件によっては他の地域にまで火災が拡大することは十分考えられる。地震だけが大火災の要因ではない。

<函館の市街地>
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アメリカ人の英語は分かりにくい? [インターネット情報]

アメリカ人の英語.jpg  BBCオンラインで、アメリカ人が海外のビジネスの場で自分の英語が通じないと感じており、分かりやすい英語を話すために学校に通うビジネスマンもいると報じている。世界中のビジネスの場で英語が使われており、英語を母国語としない英語の使い手は世界で17億人にもなっている。すでに英語を母国語とするネイティブ・スピーカーを上回っており、今後も増えることは間違いない。コミュニケーションをよりよくするためには、ネイティブ・スピーカーの方が変わらなければいけない。
  アメリカ人の英語が理解されにくい理由を挙げてみると・・・
1 イディオム、俗語、ことわざ、冗談、略語を多用する。
2 野球やアメフトなどスポーツに関連した言葉を利用する。
3 ”can't"や”don't"など、短縮形を使用して話をする。

  ビジネスの場で、ネイティブ・スピーカーの使った単語が誤って解釈され、多額の損失に結びついたという事例も報告されている。
  記事にはないが、この他に使用する単語数の多さがある。一部の書き手や話し手は、できるだけ難しい単語を使うことにより知性の高さを示すことができると考えている。まるで漢検1級並みの難しい漢字を日常の文章に使うのに似ている。
  大半のアメリカ人は外国語を勉強したことがない。どこの国の人も英語ができて当たり前と思っており、アメリカ人同士で話すように外国人に英語をまくしたてる。しかし、自分が話してばかりいずに、相手に質問をしたりして聞き手に回ることも大事だと、記事は言っている。
  英語を使うにしても、アメリカ人と話をするよりも外国人同士で話をした方がお互いにわかりやすい。どちらもゆっくり話をするし、難しい言葉を使わない。多国籍企業の役員会でアメリカ人やイギリス人は少数派ということも多いようだ。このままではアメリカ人は国際的なビジネスの場で仲間はずれになるとの危機感が芽生えてきている。
  アメリカの映画を完全に理解するためには俗語を覚える必要もあるが、ビジネスマンとしてはそう言った言葉に悩まされず、シンプルで分かりやすい英語を聞き話せればOKということであれば、余計な時間を英語の勉強に使わずに済む。ビジネスや海外旅行のみならず、インターネットからの情報入手にしても英語の利用価値は増すばかりであるが、世界の共通語としての英語がより簡単に学べるようになると有難い。
  

「アーミッシュの昨日・今日・明日」 [宗教]

IMG_20161217_0001.jpg  アメリカのペンシルバニア州ランカスター郡というところに住んでいるアーミッシュという人々のことを紹介した本。アーミッシュはプロテスタントの再洗礼派(生まれたばかりではなく大人になってから自分の意志で洗礼を受ける)に属している。ヨーロッパで迫害に会い、田舎で農業に従事するようになった。アメリカでは現在でも以下の通り独自の考え方に基づき大変特徴のある生活をしている。
1 アーミッシュ以外の社会とできるだけかかわらず、自分たちの独自性を大切にする。
 A テレビや映画を見ず、高校や大学の教育も受けず、外部との文化的なつながりを抑える。
  (学校は8年制で、全学年が同じ教室)
 B インターネットは使わない。
 C 国の年金や医療といった社会保障を使わず、自分たち同士で助け合う。
  (医師からの必要な治療は受ける)
 D 税金は払うが、政治への参加は不可。投票所に行く人は少ない。

2 静かで慎ましい、自給自足の簡素な生活をする。
 A 自動車や電話は持たない(農作業は馬で)
 B 電線で引き込まれる電気は使用しない。
 C 簡素な衣服、住居とする。
 D 化粧を控え、宝石を持たない。
 E 教会を持たない。個人の家に集まる。
  (信仰は実践に重きを置く)

3 非暴力を貫き、もめごとに関わらない。
 A 訴訟に訴えない。
 B 兵役を拒否する。

 アーミッシュの女性は平均で7人の子供を産み、多産である。共同体の外に出てしまう若者も少ない。このため、20年で人口は2倍になっている(現在、ランカスター郡のアーミッシュの人口は2万7千人。全米のアーミッシュの人口は22万人。)

 彼ら独自の生活は外部の人々から尊敬の念でもってみられるようになり、近年では年間8百万人の観光客がランカスター郡に押し寄せている。アーミッシュの人々にとって静かな生活が保てなくなる面がある一方、お土産品の販売など、経済面で生活を支えてもいる。土地の値段は高騰しており、若い人が独立して農業を営むために土地を確保することが容易ではなくなっている。

 また、新しい技術、道具、機械が生み出される世の中で、そうしたものと折り合いをつけて自分たちの考えや生活を若い世代に引き継いでいけるかが、今後も続く大きな課題。
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クリスマスディナー [インターネット情報]

クリスマスディナー.png  日本ではクリスマスイブにはチキンやクリスマスケーキ食べるのが定番。しかし、BBCオンラインで「日本ではクリスマスイブにKFCのフライドチキンを買って家で食べる家族が多い。クリスマスイブにファーストフードなんて信じられますか」といった、やや日本人を見下したような記事が掲載されている。まずい食事で有名なイギリス人から食事のことを言われたくないという気もするが、欧米ではクリスマスの時ぐらいは手作りの食事を楽しむということだと思われる。
 日本でクリスマスの時にチキンを食べるようになったのはKFCの販売促進キャンペーンに由来するようだ。日本にはもともとクリスマスに特別な食事をする習慣はなかったが、1970年に日本に進出したKFCは「クリスマスにはケンタッキー」というキャンペーンを1974年から始めた。これが大成功。現在、KFCはクリスマスディナーパッケージを3,780円から5,800円で販売しているが、なんとこのクリスマスディナーパッケージの売り上げがKFCの年間売上の3分の1を占めているという。このキャンペーンを発案した社員はその後、KFCの社長を長く務めた。
 日本ではクリスマスケーキを食べたり、カップルがやや高級なレストランでロマンチックな食事をしたりするが、これらも日本独特の習慣のようだ。日本ではクリスマスが独自の進化を遂げ、欧米よりもクリスマスらしいクリスマスになっていると言えるかもしれない。

 イギリスではクリスマス(12月25日)に、クリスマスディナーを家族みんなで食べる。ディナーの内容は、ローストした七面鳥、芽キャベツ、ローストポテト、ソーセージ、ベーコン、クリスマスプディングなど。手作りのクリスマスプディングにかかったブランディーに火をつけ悪魔を追い払う。クリスマスクラッカーを用意し、みんなで一斉に鳴らすのも欠かせない。
 アメリカもイギリスに似ているが、アメリカ人と言ってもイギリス系のほかドイツ系、イタリア系、アイルランド系などさまざまであり、母国の伝統を加味していることも多い。七面鳥は11月の勤労感謝の日のメイン料理であり、クリスマスにはビーフなどほかのものにする家庭も多い。

<クリスマス・プディング>
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<クリスマス・クラッカー>
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日本人のギャンブル好き [インターネット情報]

 1481880106428-677075910.jpg 先日の国会で、日本でもカジノをを造れるようにする法案が成立した。賛否両論あるが、日本人はギャンブルが嫌いではないことは確かだ。家族に迷惑をかけ、借金をしてまでのめりこんでいる人もいる。パチンコはどこの町にもある。競馬のビッグレースは一大イベントだ。製紙会社の元会長はシンガポールのカジノで106億円も負けた。日本にどのようなギャンブルがあるのか、その年間売り上げと還元率を見てみよう。間違いなく言えることは、やればやるだけ勝つ人よりも負ける人が多くなるということ。以下の計算の通り、全体では1年間に5兆円以上、損をしていることになる。
<公営競技>2015年の売上  還元率  非還元額
1 競馬    2兆5,833億円 75%前後 6,458億円
2 競輪     6,308億円 75%前後 1,577億円
3 競艇    1兆422億円 75%前後 2,605億円
4 オートレース 678億円  75%前後 169億円
<公営くじ>
5 サッカーくじ 5,678億円 50%前後 2,839億円
6 宝くじ    9,154億円 45%前後 5,034億円
その他
7 パチンコ 23兆2,290億円 85%前後 3兆4,843億円
          (非還元額合計 5兆3,525億円)

なお、日本人は世界で一番の競馬好き。2013年の国別の競馬売り上げ高を見てみると・・・
    日本   2兆4,741億円
    英国   1兆6,560億円
    フランス 1兆2,657億円
    香港   1兆2,361億円
    米国   1兆222億円
    世界全体 11兆3,211億円
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「スポットライト カトリック教会の大罪」 [宗教]

聖職者2.jpg  ボストンの日刊紙ボストン・グローブの記者たちが書いたこの本の原題は「BETRAYAL」(裏切り)。2002年に出版された。昨年、映画化されたことから2015年版が出版され、日本語訳も出た。映画は昨年のアカデミー賞作品賞を受賞した。
  ボストン・グローブ紙は2002年に、ボストンにあるカソリック教会の一人の聖職者による複数の少年に対する性的虐待事件に関する記事を掲載した。それはアメリカの他の地域にも同様の事件が数多くあること、また、カソリック教会組織が長年に渡って事件を隠ぺいしてきたことを明らかにすることになった。さらには、こうした追及はアイルランド、フランス、メキシコなどカソリック信徒の多い海外諸国にも広がった。
  カソリック教会組織の調査では、1950年から2013年までの63年間で、アメリカでは17,259名の被害者が6,427名の司祭から虐待されたとしている。教会は虐待の申し出に対して、30億ドル(3,300億円)以上の和解金を支払ったという。寄付を取りやめる信徒も多く、教会の財産は底をついているようだ。
  どうしてこのような事件がカソリック教会で発生してきたのだろうか。
1 カソリック教会では司祭はすべて男性で、妻帯不可。性的欲求を満たす道が閉ざされている(それを承知で聖職者になったはずではあるが)。
 (カソリック教会は”司祭”と呼ぶが、プロテスタントは”牧師”で妻帯可。
2 アメリカの司祭45,000人のうち30~50%がゲイだと言われている。ゲイのたまり場になっている感があるが、司祭を希望する若者が全体的には減少してきており、人数合わせに苦労をしているのではないかと思われる。
3 カソリック教会ではミサなどで司祭を補助する待者という役割をボランティアの少年が担っている。司祭がこの少年たちと二人きりになることは難しいことではなかった。また、相談やサポートという口実で母子家庭に入り込んで機会を狙った。

  このような人たちが多くの信徒の”心の拠りどころ”として尊敬を集める地位にいたというのだから驚く。この本に書かれている司祭によるおぞましい犯罪行為の記述を読み続けることは難しい。ここまで腐ってしまうと、カソリック教会組織を健全な状態に戻すのは難しいのでは、と思ってしまう。
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