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古美術読本「陶磁」 [美術]

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  光文社「知恵の森文庫」の一冊。2006年刊。
  当初、1987年に出版された本を文庫に収録したもの。

  陶磁についての、いろいろな執筆者によって書かれた文章を集めている。

1 「陶磁の美」 芝木好子(小説家)
  ・東洋陶磁を楽しむのに、大阪市立東洋陶磁美術館ほど良いところはない。
  ・私は李朝の、白磁に呉須の草花文の清楚さも好きだが、中国のものに一層惹かれる。

  ・中でも私の好きなのは青磁で、北宋官窯の端正で清冽な翠青や、藍青色の瓶や壺をみると、心を洗われる。

  <飛青磁 花生>
飛青磁花生.jpg

2 「染付皿」 小林秀雄(評論家)
  ・平凡な日常性のうちに生きている美、これが利休の美学の根本観念であった。彼の健全な思想が、茶人趣味に堕落したという問題は別にして、日用雑器の美に対する非情な鋭敏、平凡な物、単純なもの、自然なもの、というような言葉で、仮に呼ばれている美についての、非常に高度な意識、それが、利休の美学によって、私達日本人の間に育てられたことは間違いない。

3 「秘色青磁」 幸田露伴(小説家)
  ・青磁は柴窯(さいよう)からということになっていて、昔から異論もなく、その初頭の青磁を秘色と称えて非常に結構なものとしているが、誰もまだ確実明白に、これが真の秘色だという極めのついたものを、歴史的の証拠を具備して見定めた者のあることを聞きませぬ。

   *柴窯は、後周の柴世宗が作らせた窯であるが、その場所はいまだ確認されていない。また、そこで作られた青磁は、歴史上最上級の「幻の至宝」とされているが、公に認めらてたものはまだ一点も発見されていない。

4 「李朝陶磁の美とその性質」 柳宗悦(民芸研究家)  
  ・日本ではとかく正確さに執心したり、逆に不正確さに美しさがあると気付くと、すぐ不正確さに執心する傾きが濃い。日本の楽茶碗のごときは、この執心の表れに他ならない。

  ・ところが井戸茶碗などをみると、もとより正確さに無関心な心が生んだものゆえ、どこかに歪みが出ているが、その歪みは決して不正確さに執心があっての結果ではない。朝鮮では正確さにも、また不正確さにも気を奪われることがないのである。

  ・茶人たちが随喜した井戸のごとき高麗茶碗は、茶意識のごときものから解放されたものなのである。それはもともと雑器で非茶器であった。実はこの美意識から解放された自由さが「井戸」の美を生んでいるのである。

 <井戸茶碗>
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5 「日本の陶器の味について」 小林太市郎(美術史家)
  ・中国の磁器は土から出ながら、土を離れて玉となり、天空の色をあらわすものに他ならない。

  ・日本の陶磁は決して玉とならず、天の色をあらわさない。いかに精妙な日本の青磁であっても、それが中国青磁と同じく滴るような雨後の晴天を示すということは決してない。日本の青磁の色はどんなによくしても土の色である。天の光がそこにはない。

  ・土を離れず、陰に止まるところに、かえって日本陶磁器独特の妙味がある。

6 「茶碗の美しさ」 谷川徹三(哲学者)
  ・茶碗というものは使用によって美しくなるものである。

  ・井戸茶碗のあの肌のさびた味わいは、長年使っている間に自然に茶渋や手脂のしみ込んだところから生まれたものなのである。

「ルポ 保育崩壊」 [現代社会]

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  岩波新書の一冊。2015年4月刊。
  著者は、フリージャーナリストの小林美希さん。

  保育の現場の厳しい状況を訴える。

1 保育所がまるで足りない。
(1)「専業主婦世帯:共働き世帯」の比率は、1980年では「64:36」と専業主婦の方が多かったが、2013年には「41:59」と逆転して、共働き世代の方が多くなっている。この結果、保育所の需要が増大している。
   
(2)未就学児の育児をしている就業者で、25~44歳の女性は310万人いる。一方、保育所利用児童数は226万人。待機児童数は数万人とされているが、それは表面的な数字で、実際にはもっと多い。

2 保育の現場は崩壊しつつある。
(1)待機児童が社会問題となってきていることから、国は待機児童解消に向けて、以下のような背策を実施している。
    ・小規模保育施設の新設
    ・認定こども園制度
    ・民間企業の参入促進

(2)こうしたなか、保育の現場の崩壊が進行している。こうした施策により、なぜ保育の質が低下するのだろうか。また、なぜ多くの保育士が疲弊し、辞めていくのだろうか。

(3)その根本的な原因は、この国が保育についてきちんと予算を投じていないことにある。
   保育に対する予算は2015年度で、国と地方合わせて4,844億円であるが、この金額が不十分であることは、現場の状況を見れば明らかだ。
   国は、一定の保育水準を維持することができるような予算をつけるべきだ。

(4)保育所の数ばかりが注目されてきたが、その背後で起こっている保育の質について、もっと目を向けるべきだ。

3 保育所のブラック企業化
(1)保育所の運営経費では、本来は人件費が8割ほど占めるため、剰余を生み出そうとすれば人件費に手をつけるしかない。すると保育士の人数は最低基準ぎりぎりとなり、かつ非正規雇用化が進む。かつ、残業代も未払いになり、「ブラック企業」と化してしまう。

(2)保育の現場では、急激に保育士の非正規雇用化、定員の弾力化、労働時間の長時間化が進み、一人当たりの負担が増しているのが実情だ。

(3)母親の労働時間の長期化が影響して、保育所で子供を預かる時間帯の長期化も進行しており、保育士への負担が増している。
 
  * 1998年と2012年の比較では・・
     預かる時間  11~12時間  26.5%から63.4%へ
            12時間超    2.1%から12.2%へ

(4)北海道労働局が2014年に公表した資料によると、保育施設における法令違反の上位3項目は・・・
 ① 法定労働時間に関する事項
 ② 労働条件の明示に関する事項
 ③ 時間外労働等に関する割増賃金に関する事項

  労働時間や、残業代に関して、問題が多い。

4 長く勤められない環境
(1)長年勤めてきた、経験豊富な中高年の保育士は、コストが余計にかかるため好まれない。このため、保育士は20~30代が6割を占める若者の職場となっている。極端に中堅層が少ない状態になっている。

(2)保育士は、いろいろな先輩と後輩がいる多様な保育感がある中で成長していくことが重要だ。そのためにも、長く勤められる労働条件や労働環境がなければならない、

(3)希望に満ちて保育士になっても、労働環境の悪さで辞めるか、その環境にならされてしまい本来の保育ができなくなっていくか、いずれかになってしまっている。

5 保育士の低賃金
(1)自治労の2012年の調べでは、全国の保育士の52.9%が臨時・非常勤職員。雇い入れ時の時給は925円。月給についても、45.3%が14万円以上16万円未満。77%は昇給制度がない。

(2)横浜市内の保育所の調査では、株式会社の運営する保育所の保育士の賃金が特に悪い。

   2011年度の人件費率をみると・・ 
       社会福祉法人 70.7%
       株式会社   53.2%
       (最多の保育園を持つA社は42.2%)    
   大手の保育所チェーンほど、保育士に対する賃金を切り詰めているのが分かる。
   A社の常勤職員の年収は220~230万円。退職金未計上。 
 

世界の美術館の入場者数 [美術]

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中国国家博物館

 CNNの電子版が、2016年の入場者数が多い世界の美術館、上位20を伝えている。

1 中国国家博物館(北京)         760万人
2 国立航空宇宙博物館(ワシントンDC)   750万人
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3 ル-ブル美術館(パリ)         740万人
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4 国立自然史博物館(ワシントンDC)    710万人
5 メトロポリタン美術館(ニューヨーク)  690万人
6 大英博物館(ロンドン)         640万人
7 上海博物館(上海)           630万人
8 ナショナルギャラリー(ロンドン)    630万人
9 ヴァチカン美術館(ヴァチカン)     600万人
10 テート モダン(ロンドン)       580万人
11 アメリカ自然史博物館(ニューヨーク)  500万人
12 故宮博物院(台北)           470万人
13 自然史博物館(ロンドン)        460万人
14 ナショナルギャラリー(ワシントンDC)  430万人
15 エルミタージュ美術館(セントペテルスブルグ) 410万人
16 中国科学技術博物館(北京)       380万人
17 スミソニアン博物館           380万人
18 ソフィア王妃芸術センター(マドリッド) 360万人
19 韓国国立中央博物館(ソウル)      340万人
20 ポンピドーセンター(パリ)       330万人


  これまでトップの座を占めていた、ルーブル美術館がトップの座から落ち、第三位となった。テロ事件の発生に伴う観光客の減少により、入場者数が前年比15%減少した。
  パリのオルセー美術館も同じ理由で、20位以内に入れなかった。

  北京の中国国家博物館、ワシントンDCの博物館、ロンドンの博物館・美術館は、いずれも入場料が無料である。いずれも国立の施設であり、国民に幅広く見てもらおうという考えによる。

  日本の博物館・美術館の入場者数は以下の通り(2015年)。
  世界の上位20には食い込めていない。
 
   東京都美術館    277万人
   国立新美術館    246万人
   東京国立博物館   191万人

  東京都美術館は国立の施設を抑えて、日本一になっており健闘しているが、それだけ国立の施設の魅力が充分でないことを示しているともいえる。

  また、昨年の美術展覧会ごとの入場者数、トップファイブは・・
   ルノワール展    国立新美術館  66万人
   始皇帝と大兵馬俑展 東京国立博物館 48万人
   若冲展       東京都美術館  44万人
   カラバッジョ展   国立西洋美術館 39万人
   ゴッホとゴーギャン展 東京都美術館 39万人

  若冲展は3~4時間待ちになるほどの人気を集めたが、それでも44万人でしかないともいえる。
  日本の美術館・博物館は概して常設展示が弱い。特別展示だけでは、海外の有名美術館や博物館に太刀打ちできない。

  日本の美術品は世界に誇ることができるものである。
  しかし、それらは各地に分散し、一か所で見ることができない。

  海外の有名美術館や博物館は、観光の目玉として、外国人旅行客誘致のうえで大きな力となっている。
  一方、日本の美術館は海外の作品の収集・展示には熱心であるが、日本の美術品や陶芸品の常設展示は少なく、海外からの旅行客には魅力がない。

  国内にある、日本の美術品を一同に集め、常設展示するとともに、入場料を無料にして、多くの人に見てもらうようにすべきと思う。

太宰治「斜陽」 [日本文学]

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  太宰治が、39歳で亡くなる約1年前の1947年に発表した作品。

  主人公のかず子は旧家に生まれるが、一家は戦後の混乱の中で没落する。
  かず子は一度結婚したが、離婚して家に戻っている。
  父はすでに亡く、母とともに、西片町(文京区)の家を捨て、伊豆の山荘に移る。

  そして、戦地から弟の直治が戻ってくる。
  しかし、直治は麻薬に溺れ、酒に溺れ、大きな借金を作る。

  かず子は不安に苛まれる。
  「どうしても、もう、とても、生きておられないような心細さ。これが、あの、不安、とかいう感情なのだろうか。」

  かず子は、29歳になり、直治の知人の小説家、上原二郎に心を寄せるようになる。
  上原に会ったのは6年前に一度だけ、二人でお酒を飲み、キスをされた。それだけ。

  かず子は思い切って上原に手紙を書く。それも、三度も。しかし返事はなかった。

  「私はただ私自身の生命が、こんな日常生活の中で、葉が散らないで腐っていくように、立ちつくしたままおのずから腐っていくのをありありと予感せられるのが、恐ろしいのです。とても、たまらないのです。」

  「(キスをされたことは)私の運命を決するほどの重大なことだったような気がして、あなたがしたわしくて、これが、恋かもしれぬと思ったら、とても心細く頼りなく、独りでめそめそ泣きました。あなたは、他の男の人と、まるで違っています。わたしはあなたの赤ちゃんが欲しいのです。」

  「あなたは、小説ではずいぶん恋の冒険みたいなことをお書きになり、世間からもひどい悪漢のようにうわさされていながら、本当は、常識家なんでしょう。私には、常識ということが、わからないんです。好きなことが出来さえすれば、それはいいい生活だと思います。私はあなたの赤ちゃんを産みたいのです。」

  「私、不良が好きなの。そうして、私も、札つきの不良になりたいの。そうするよりほかに、私の生きかたが、ないような気がするの。」

  「世間でよいといわれ、尊敬されている人たちは、みな嘘つきで、にせものなのを、私は知っているんです。私は世間を信用していないんです。札つきの不良だけが、私の味方なんです。」

  「人間の生活って、あんまりみじめ。生まれてこない方がよかったとみんなが考えているこの現実。みじめすぎます。生まれてきてよかったと、ああ、いのちを、人間を、世の中を、よろこんでみとうございます。」

  母は結核で亡くなり、かず子は東京に出て、上原に会う決意をする。
  荻窪の自宅、阿佐ヶ谷、西荻の飲み屋と探し回り、ようやく酒浸りの上原に会う。
  そして結ばれる。
  かず子は上原の寝顔を見て・・
  「この世にまたとないくらいに、とても、美しい顔のように思われ、恋があらたによみがえって来たようで胸がときめき、その人の髪をなでながら、私の方からキスをした。」

  直治は自殺していた。

  かず子は望み通りに子供を授かった。
  「私たちの身のまわりにおいては、古い道徳はやっぱりそのまま。海の表面の波は何やら騒いでいても、その底の海水は、みじろぎもせず、狸寝入りで寝そべっているんですもの。」

  「私には、旧い道徳を平気で無視して、よい子を得たという満足があるのでございます。」
  「恋しい人の子を産み、育てることが、私の道徳革命の完成なのでございます。」

  
  * 太宰治の代表作の一つで、発表当時、爆発的な人気を得たとのこと。
    戦後の混乱期に、没落する旧家の御嬢さんが、6年前に一度だけ会ったことのある小説家を慕い、その子を産みたいと思う。そして、それが実現し、古い道徳を打ち破ったと思う。
  
    現在では、このストーリーに心打たれる人は少ないのではないか。
    世間知らずの御嬢さんの無鉄砲な行動としか映らない。

    それよりも、「上原二郎」を太宰治本人としてみた場合、太宰の放蕩な生活の言いわけを、主人公のかず子に言わせているのが気になる。太宰の放蕩な生活ぶりが、古い道徳を打ち破ることに貢献しているとは決して思われない。
   

日本の調査捕鯨 [インターネット情報]

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  世界の商業捕鯨は、国際捕鯨員会(IWC)の決議により1987年から停止されている。
  ただし、科学的研究のための捕獲は例外になっている。
  このため、日本は「調査捕鯨」ということで、クジラの捕獲を続けている。 

  海外からは非難の声が寄せられているが、日本は鯨の捕獲を続けるべきなのだろうか。 

1 調査捕鯨
(1)調査捕鯨は、水産庁委託事業として、日本鯨類研究所という水産庁所管の財団法人により行われている。ただし、実際の捕獲活動は共同船舶株式会社が行っている。共同船舶社は、商業捕鯨末期の共同捕鯨社の後身である。

(2)調査捕鯨は、南極海ならびに北西太平洋で行われており、近年の年間捕獲頭数は500頭前後である。

(3)日本の調査捕鯨については海外から強い批判が出ている。また、南極海の捕鯨に対してはグリーンピースやシーシェパードという団体による執拗な捕鯨妨害活動が発生している。

2 水産庁の主張
  水産庁のホームぺージでは、調査捕鯨の必要理由や、海外からの批判に対する反論を掲載している。

Q1:日本はどうして絶滅にひんしたクジラをとるのか?
   ・・シロナガスクジラのように絶滅の危機に瀕している種類は捕獲せず、ミンククジラのように資源量が極めて豊富な種類を捕獲している。

Q2:調査捕鯨は疑似商業捕鯨ではないか?
  ・・調査が終わった後の鯨肉は市場で販売されていますが、これは国際捕鯨取締条約において、捕獲したクジラは可能な限り加工して利用しなければならないと規定されていることに基づいている。

Q3:日本は海外援助で発展途上国の票を買っているのではないか?
  ・・そのようなことは行っていない。

Q4:クジラを殺さなくとも調査はできるのではないか?
  ・・クジラがいつ、どこで、何をどれくらい食べるかを知るためには、胃の内容物を見るしか方法がない。

Q5:どうして世界の世論に反して捕鯨を行うのか?
  ・・鯨類の持続的利用は世界の多くの国が支持する考え方であり、反捕鯨は世界の世論では決してない。 

Q6:クジラを食べなくても他に食べ物があるのではないか?
  ・・水産資源の持続的利用は必要。また、クジラをを獲り食べることは、そのような食習慣を有する地域の人々にとってかけがえのない文化。加えて、過剰保護による鯨類の増加が他の漁業資源に悪影響を与えている可能性がる。

Q7:クジラは特別な動物と思わないか?
  ・・ある民族や国民が自らの特定の動物に対する価値観を他の民族や国民に押しつける行為は許されるべきではない。

3 日本鯨類研究所に対する批判
   日本鯨類研究所の調査捕鯨については、国内からも以下のような批判がある。

 ① 委託事業にかかわる水産庁の補助は年間5億円程度であるが、日本鯨類研究所はクジラ肉の販売により年間50億円ほどの収入を得ており、調査捕鯨の実態は、科学調査に名を借りた商業捕鯨だ。

 ② 日本鯨類研究所は水産庁からの天下りの受け皿となっている。

 ⓷ 日本鯨類研究所の赤字等を東日本大震災の復興費用で穴埋めをした(23億円)。

 ④ 日本鯨類研究所によるクジラ肉の販売は、沿岸捕鯨漁業者の経営を圧迫している。

 ⑤ 調査捕鯨に基づく調査研究結果を示す論文が少ない。

 ⑥ 日本鯨類研究所は鯨肉市場の維持、拡大のための広報活動に力を入れている。
   (学校給食に格安で提供し、子供たちにクジラ肉を好きにさせようとしている)

4 国際司法裁判所の決定
  2014年3月、日本の調査捕鯨は、科学目的のものとは認められないとして、日本に対して調査捕鯨の中止を命令した。日本はこの決定に従っていない。

5 意見
(1)日本は、沿岸漁業業者の捕鯨に限定し、調査捕鯨は止めるべき。

(2)海外からの批判に対する水産庁の反論はそれぞれ理解できる。しかし、海外の人たちが嫌っているクジラの捕獲を継続する積極的な理由に乏しい。いまはクジラ肉を誰も食べたいとは思っていない。

(3)日本人は、犬を食べる韓国人や中国人の行為を嫌悪する。韓国人や中国人には、犬を食べることを正当化する理由がある。しかし、犬を食べることを嫌う感情は理屈ではない。クジラも欧米人にとっては、それと同じようなことだ。

(4)日本がクジラの捕獲を続けることは、日本のイメージアップにマイナスとなる。日本のイメージを大切にすることは、日本商品の販売や海外からの旅行客の誘致のためにも重要だ。
  
  
<ご参考>
クジラ捕獲国の年間捕獲頭数(2015年、国連食糧農業機関(FAO)による)
  1 ノルウェー   660 
  2 日本      425
  3 アイスランド  184
  4 グリーンランド 163
  5 ロシア     125
  6 韓国       89


谷崎潤一郎「恋愛及び色情」 [日本文学]

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  谷崎が1931年に発表したエッセー。
  「谷崎潤一郎随筆集」(岩波文庫)に収録されている。

  男女関係などについて、西洋と日本を比較して論じている。

1 恋愛小説
 西洋では、昔から男女の恋愛関係ばかりを扱っているので、恋愛関係でなければ文学の題材にならないように考える癖がついてしまった。しかし、文学の領域というのは元来、もっと広いはずだ。(ラフカディオ・ハーン)

 西洋にも政治小説、社会小説、探偵小説などの「恋愛のない小説」はあったが、「低級」なものとされていた。

 東洋には、恋愛を卑しめる気風がある。
 わが国には古来、恋愛を扱った小説や戯曲があるが、そういったものは文学の末流、婦女子の手すさび、士君子の余技とされていた。一人前の男子の生涯を賭すべき仕事でないとされた。

2 平安朝の男女関係
 妻が何の理由もなしに夫を疎んずる。夫はそういう妻に対して愛想をつかすでもなく、女の家の外に立って歌を歌いつつ哀しみを訴える。

  このような女々し男は、恋愛文学が同じく流行した江戸時代においても見られない。江戸時代は男らしい男がもてた。

  平安朝の男女関係には、女性崇拝の精神がある。女を自分以下に見下して愛撫するのでなく、自分以上に仰ぎ見てその前にひざまずく心である。

  平安朝の貴族生活においては、女が男のうえに君臨しないまでも、少なくとも男と同様に自由であり、男の女に対する態度が、後世のように暴君的でなく、随分丁寧で、物柔らかに、時にはこの世の中の最も美しいもの、貴いものとして扱っていた様子がうかがわれる。

  そのころの日記や、物語や、贈答の和歌などを読むと、女は多く男から尊敬されており、ある場合には男の方から哀願的態度に出たりして、決して後世のように男子の意思に蹂躙されていない。

3 恋愛の解放
  明治に入ってからの西洋文学の流入は、我が国に「恋愛の解放」、「性欲の解放」をもたらした。われらは完全に恋愛や性欲を卑しいとする我らの祖先の慎みを忘れ、旧い社会の礼儀を捨てた。

  「三四郎」や「虞美人草」の女主人公は、柔和で奥床しいことを理想とした旧日本の女性の子孫でなく、なんとなく西洋の小説中の人物のような気がする。あの当時、そういう女が多く実際にいたわけではないとしても、社会はいわゆる「自覚ある女」の出現を望み、かつ夢見ていた。

4 日本人の性欲
  われわれは性生活においてはなはだ淡白な、あくどい娯楽に耐えられない人種であることは確かである。開港地の売春婦に聞いてみると、外国人に比べて日本人ははるかにその方の欲望が少ないという。

  日本人には伝統的に恋愛や色情を卑しむ思想がしみ込んでいて、それが心を憂鬱にさせ、逆に肉体に影響するのかもしれない。また、日本という国はその多くがべとべとした季節であるから、あくどい歓楽にはまことに不向きである。

  季節がそんな具合であるから、食物もまた淡白であり、住居の形式も開放的であって、これが大いに影響している。

5 西洋の女性と日本の女性
  西洋の夫人の肉体は、色つやといい、釣り合いといい、遠く眺めるときははなはだ魅惑的であるけれども、近く寄ると、きめが粗く、うぶげがぼうぼうと生えていたりして、案外興ざめする。また、見たところでは四肢がスッキリしているから堅太りのように思えるが、実際には肉付きが柔らかで、ぶくぶくしている。

  西洋の婦人は抱擁するよりも、より多く見るに適したものであり、東洋の婦人はその反対である。

「人口と日本経済」 [現代社会]

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  中公新書の一冊。2016年8月刊。
  著者は、マクロ経済学専門の吉川洋さん。

  日本は今後、人口減少が進み、経済は衰退し、地方は消滅するのか。

1 日本の人口減少の諸問題
(1)少子高齢化
    65歳以上の高齢者が日本の人口全体に占める比率は、2013年25%、2030年32%、2060年40%へと上昇する、その分、現役世代が高齢者を支える負担が増大する。

    少子化により現役世代が減り、高齢化により高齢者が増えて行けば、社会保障の給付が膨らむ一方で、それを支える財源は先細りになる。不足分は国の財政が補てんしなければならないが、それが「財政赤字」というもう一つの問題の悪化をもたらす。

(2)財政破綻の危機
    2016年度末の日本の国の長期債務残高は838兆円とGDP対比161%に達している。EUは参加国にこの比率を60%以下とするよう義務付けており、161%がいかに異常かが分かる。

    これまでの財政悪化の要因は、歳入が伸び悩む中で、歳出が社会保障関係費を中心に増大したことによる。今後とも社会保障関係費は高齢化の進展に伴いさらに増大する。

    問題を解決していくためには、歳出の伸びを抑制する一方、歳入増(増税)が必要であることは自明である。EUでは、加盟国に消費税(付加価値税)最低15%というルールを課している。

   * 現実を直視せず、問題を先送りして後の世代にそのツケをまわすやり方を日本はしている。

(3)地方への影響
    これまでも地方から都市への人口流出が生じていたが、今後とも同じペースで人口流出が続き、かつ出生率が現状の1.41とあまり変わらないとすると、市町村の約50%は、2040年にかけて若年女性の人口が現在の5割以下となる。また、約3割の市町村は2040年には1万人を切る。

   * そうした地域では、北海道の夕張市に見られたように、財政収支が悪化し、公共サービスの質が低下し、それが人口流出に拍車をかける可能性が強い。

2 解決策はないのか
(1)社会全体で子育て支援をすることの必要性
  まず、人口の減少を食い止める策を講ずるべきだ。
  スウェーデンの経済学者、ミュルダールは1930年代に、「減少する人口を放置するのは誤りである」と強く訴えた。

  「子供の数が減れば、一人当たりの所得は上昇する。それだけ豊かになったとみえるかもしれない。しかし、その結果、国全体で人口が減少していくと、それは社会全体の人々の生活水準に対しては絶対的な悪影響を与える。」

  産児制限が個人にもたらす利益と、社会全体の利益は同じではない。
  出産や、子育てについて、それぞれの家庭の負担から、社会全体で負担する制度へ転換しなければならない。

  今から80年も前に発表された、ミュルダールの「子育て支援策」は、スウェーデンのその後の経済政策に大きな影響を与えた。
 (保育園の100%充足、所得や子供数に応じた保育料負担の上限設定など)

(2)高めの経済成長を目指すべき
   経済成長は、新たな雇用を生み出し、歳入の増加にもつながる。
   
  A 人口が減少する中で、経済成長は可能か
    経済成長を決めるのは人口だけではない。
    明治の初めから今日までの日本を見ると、経済成長と人口はほとんど関係ないと言っていいほど両者はかい離している。

    経済成長の主因は、労働生産性の向上である。
    労働生産性の向上は、技術進歩に伴う、新しい設備や機械の投入によってもたらされた。
    また、生産性の低かった第一次産業から、第二次産業、第三次産業へとシフトしてきたことも大きい。

    第一次産業からのシフトを今後とも続けることは難しいが、今後とも労働生産性を向上させることができれば、経済を成長させることができる。

    ただ、日本の企業は現状では、投資に消極的だ。日本全体の貯蓄と投資の状況を見ると、かっての高度成長期では家計が貯蓄をし、企業は借金をして投資をしていた。しかし、いまや企業は家計をしのぎ、最大の貯蓄主体となってしまっている。

  B AI(人工知能)のようなIT(情報技術)の進展はどのような影響をもたらすか
   AIやITの進展は、一部の労働に対する需要の減少をもたらす。
   (工場や事務作業など)

   しかし同時に、労働生産性の上昇をもたらし、人々を豊かにする。
   賃金など労働によって得る所得の比率が低下し、設備を所有することにより得る所得の比率が上昇する。このため、社会の経済格差が拡大するという考えもある。

アメリカのニュース番組の司会者 [インターネット情報]

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<メギン・ケリー>

  アメリカニュース番組では、司会者が国民の圧倒的な支持を集め、長期間、同じ番組の司会者を務めることがあります。
  司会者はアンカーと呼ばれ、原稿をただ読み上げるのではなく、ニュース番組の取材、編集、構成に大きな権限を持っています。
  アメリカのニュース番組では、門外漢のコメンテーターがニュースに対して色々とコメントをするということもありません。
  
  最近抜擢された司会者や過去にアメリカ国民から支持された司会者を採り上げてみます。

1 メギン・ケリー(現在46歳、女性)  
  今月からアメリカの三大ネットワークの一つであるNBCの看板ニュース番組の司会者を務めることになりました。

  ケリーさんはこれまでニュース専門チャンネルのFOXニュースで司会者を務めていました。

  彼女を一躍有名にしたのは、昨年8月に開催された共和党の大統領候補者を集めてFOXニュースが開催した討論会でした。

  彼女はその司会を務め、その時点で共和党の大統領候補としてトップを走っていたトランプ氏に対して、それまでの女性蔑視発言を鋭く追及しました。

  トランプ氏はひどく頭にきて、「彼女の目から血が吹き出している。彼女の体のいたるところから血が噴き出している」というきわどい発言をして、それがまた多くの人の非難を浴びました。トランプ氏は、もうFOXニュース主催の討論会には出ないと言い、実際にその後の討論会を欠席しました。

  ケリーさんは昨年11月に回顧録を出版し、その中で、トランプ氏が番組の中で好意的に取り上げてもらうように、彼女に対して以下のような賄賂めいた懐柔策を提案していたと、暴露しました。
   ・トランプ氏が所有するニューヨークのホテルの女性用週末宿泊プランの無料提供
   ・フロリダの超高級別荘への無料招待
  ケリーさんはこれらの提案を謝絶しました。

  今月4日の、彼女の初登場の番組では、彼女とロシアのプーチン大統領のインタビューが放送されました。

2 バーバラ・ウオルタース(現在88歳 女性)
  1976年に三大ネットワークの一つ、ABCのニュース番組の司会者を務めるようになり、以後38年間、2014年に85歳ですべての番組から降板するまで、ABCの女性の司会者としてトップの座を占めてきました。

  この間、世界のリーダー、有名人と数多くのインタビューをこなしました。
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3 ウオルター・クロンカイト(2009年に93歳で死去)
  1962年から1981年までの19年間、三大ネットワークの一つのCBSのニュース番組の司会者を務めました。

  国民の70%以上から支持を集め、「大統領よりも信頼できる司会者」と呼ばれました。

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配車アプリの会社 ウーバー [インターネット情報]

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  アメリカの週刊雑誌「TIME」に拠る。

  ウーバー・テクノロジーズ社は、アメリカのサンフランシスコに本社を置く、配車アプリを運営する会社。2009年設立で、現在、世界の75か国で事業を展開している。株式時価総額は700億ドル(7兆7,000億円)。従業員は14,000人。代表者は創業者のトラビス・カラニックであったが、先日、代表を辞任するとの発表があった。

  配車アプリで車の利用を申し込むと、近くにいる登録ドライバーが直ぐにやってきて、目的地まで運んでくれる。個人の所有物を利用してサービスを利用するという意味では、「民泊」と通ずるところがある。

  同社は今年の4月に、株式関係情報を発信するブルムバーグ社を通じて、初めて財務内容を公表した。同社はこのところ数々のスキャンダルに見舞われており、存続を危惧する声も出始めていることから、そういった懸念を払しょくするため、財務内容の公表に踏み切ったものとみられる。

  それによると、2016年の配車サービスの総利用額は200億ドル(2兆2,000億円)で、前年の約2倍となった。純収入は65億ドル(7,150億円)、また純損益は28億ドル(3,080億円)の赤字となっている。急成長しているが、赤字体質は変わらない。

  なお、赤字には中国事業の損失、社員に対する株式付与、一部の不動産投資関連損失、自動車購入費用などは含まれていない。
 (中国事業は、赤字に耐え切れず2016年8月に売却)

  同社は、70億ドル(7,700億円)の現金資産を保有しており、また未使用のクレジットラインも23億ドル(2,530億円)あり、資金繰りに不安はないとしている。
 
  同社は2009年の創業以来、新興IT企業として注目を集め、ベンチャーキャピタルもその将来性に期待して150億ドル(1兆6,500億円)という巨額の資金を投資してきた。

  同社の事業は、全米にあるタクシー会社との戦いであった。同社はタクシー会社を、規制と独占的な立場に守られた「悪者」と見立てる一方、同社をそれと戦う「挑戦者」とした。規制を破壊することにより、利用者はより良いサービスを受けることができ、また登録ドライバーは収入を得ることができると訴えた。スマートフォンの急速な普及も味方した。

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  しかし、同社はこのところ以下のようなトラブルに巻き込まれており、このため一部役員が会社を去った。
   ・セクシャル ハラスメントなど女性蔑視の社風
   ・過重勤務
   ・グーグルの自動運転技術を盗んだとして提訴される
   ・政府の調査をかいくぐるためのソフトウェアの発覚
   ・役員が登録ドライバーと口論をしているビデオの流出
   ・利用者の行動を無断で記録するソフトウェアの発覚

  また、同社の事業の仕組み自体にも疑念の目が向けられている。
   ・同社は配車アプリを提供しているだけで、ドライバーの不法行為には責任を持たない。実際に、ドライバーが乗客を襲ったり、殺したり、誘拐したりといった事件が数多く発生している。同社は表向きは責任はないとしているものの、個別に示談により訴訟を終結させたりしている。

   ・ドライバーからは、同社の従業員として扱って、最低賃金のルールぐらいはクリアしてほしいとの声も出ている。

  わが国では、一部地域で限定的にサービスの提供が認められているのみで、全面的な事業展開は認められていない。
 

漱石とその妻 鏡子 [日本文学]

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  漱石は私生活ではわがままなところがある。妻の鏡子は、のびのびと育てられ、思ったことは口に出す方であった。このため、漱石の神経が高ぶったときには、よくケンカもした。漱石が妻に対して、出ていけ、と言ったこともあったようだ。しかし、妻の鏡子はそのような漱石のわがままに耐え、次第に文壇で名声を得る漱石を支え続けた。お互いに相手を必要とし続けた夫婦でなかったかと思う。

1 大正3年11月、漱石47歳の時の日記に妻の鏡子について以下のように記述している。

 「妻は私が黙っていると決して向こうから口を利かない女である。ある時私は膳に向かって箸を取ると、その箸が汚れていたのでそれを見ていた。すると妻が汚れていますかと聞いた。それから膳を下げて向こうに行った時、下女に、またこっちから話させられたといった。」

 「妻は朝寝坊である。小言を言うとなお起きない。時とすると9時でも10時でも寝ている。妻は頭が悪いということをきっと口実にする。早く起きるとあとで仕事をすることができない終日ぼんやりとしていると主張する。それで子供が学校へ行ってしまってすべてが片付いた時分にのそのそと起きてくる。そのくせどこかへ約束があって行く時は何時だろうが驚くべく早く起きる。」

2 漱石が36歳の時、結婚して7年目であるが、妻の鏡子が一度、実家へ2か月ほど戻ったことがある。神経衰弱が昂じて妻や子供につらく当たるので、一度離れて住んでみた方が症状の改善に役立つのでは、との考えから実行したもの。

  「(お医者さんに漱石の病気について聞いてみると)ああいう病気は一生治りきるということがないものだ。それから病気の説明をいろいろ詳しく聞かしてくださいました。私もそれを聞いてなるほどと思いました。ようやく腹が決まりました。」(「漱石の思い出」夏目鏡子述)

  「母から夏目にどうかまあといった具合に謝ってもらって、そこでようやく千駄木に帰ることになりました。私はこの時、今度はどんなことがあっても決して動くまいと決心して参りました。」(同上)

3 神経衰弱が昂じていた時期には、家庭内で修羅場めいたことも起こっていたようで、漱石の方から、妻の鏡子に対して、離縁するから実家に帰れ、というようなことも言ったようだ。

  「私を里に返そうというので、父に引き取れと手紙をやったものです。父は、鏡子は理由がないから絶対に離縁は受けないというし、私もまた同意だ。第一、夫婦の離縁問題は双方合意のうえでなければ法律が許さない。しかし、もしどうあっても鏡子がいやだから離縁なさろうというのなら、裁判所に願いを出してください、とこう出たのです。(漱石は)いっこうそんなものは受け取りもしなかったような顔をして、すましておりました。」(同上)

4 しかし、漱石は妻を深く愛していたように思う。
 ロンドンではさみしさが募り、妻の鏡子に対して以下のような手紙を書く。

 「国を出てから半年ばかりになる。少々嫌になって帰りたくなった。お前の手紙は二本きたばかりだ。その後の消息は分からない。多分無事だろうと思っている。段々日が経つと、国のことをいろいろ思う。俺のような不人情なものでも、しきりにお前が恋しい。これだけは奇特と言ってほめてもらわなければならぬ。」

 「二週間に一度くらいずつは書面をよこさなくてはいかん。」

5 妻の鏡子も漱石を愛していたように思う。漱石が修善寺で吐血をして危篤となったときは必死に看病をした。

 「病床のつれづれに妻より吐血の時の模様を聞く。慄然たるものあり。妻は五、六日なにも食わなかった由。」(漱石の日記)