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若者の血液注入による老化防止 [医療]

ネズミの実験.jpg
  *イギリスの経済週刊誌「エコノミスト」最新号に拠る。

  若者の血液を老人に注入して若返りを図るということが、動物実験だけではなく、人間でも試されつつある。

1 1950年代の研究
  ある歯科医が虫歯の原因を探るため、二匹の実験用ねずみを双方の傷口を癒着させることにより、血液が行き来するようにした。
  こうした並体結合の実験により、この歯科医は虫歯の原因が生まれつきのものではなく、食べる砂糖にあることを正しく見つけ出した。

  この並体結合の実験技術を他の研究者が利用し、驚くべき結果をもたらした。
  ① 老化に伴い骨密度が減少していた年老いたネズミの骨密度が並体結合の実験により向上した。
  ② 並体結合の実験により、年老いたネズミが4~5か月、平均よりも長生きした。

  しかし、並体結合の実験は拒絶反応の危険性や、結合した二匹のねずみのうち片方がもう一方をかみ殺すなど、問題も多発したため、その後、同様の実験は行われなくなった。

2 研究の復活
  2005年に、ある研究者が生後2~3か月のネズミと生後19~26か月のネズミを結合させた。それぞれ人間でいえば20歳の人間と70歳代の人間に相当する。
  そして、年老いたネズミの筋肉を損傷させ、その回復ぶりを見た。
  通常、年老いたネズミの回復は遅い。
  しかし、このねずみの筋肉の回復は若いネズミのスピードと変わらなかった。
  肝細胞の増殖実験でも、通常の2~3倍のスピードで増殖した。

  この研究の後、他の研究がこれを追って行われた。
  それによると、脊髄損傷、脳神経、腎臓心臓壁の肥大化などが修復された。
  逆に、若い方のねずみには一部、老化の促進が見られた。
  
  また、ネズミ同士だけではなく、年老いたねずみに人間の臍帯血を注入したところ、記憶力の向上が見られた。

3 効果発現の要因
  こうした実験結果により、何らかの効果があることは推測されるが、それがどのような要因によるのかという点についての解明が必要とされた。

  化学物質の信号が年老いたネズミの方の幹細胞に作用する、という考えが出された。
  また、研究者は若いネズミと年老いたネズミの血液の化学物質の違いを探った。
  古いネズミの血液が若いネズミの腎臓や肝臓でろ過されるためという者もいた。
  免疫細胞の増加スピードの向上に、その効果の原因を求める者もいた。

4 人間への応用
  人間では並体結合は出来ないので、若者が献血した血液から作られる血漿が使用される。

  カリフォルニア州にある「アンブロシア」という会社は、血漿の注入を受ける方の人から8千ドル(88万円)の参加料を取るということでひんしゅくを買った。

  また、「アルカヘスト」という会社は、アルツハイマー病の患者18名に対して4週間にわたって4回、若い人から採取した血漿を注入する実験を行った。
  ネズミの実験では効果が見られており、この実験でも同様の結果となることが期待されている。
  結果は年末までには公表される予定である。

  効果があるということであれば、効果を発現する物質を特定し、化学的に合成して製造することにより、世界に4,400万人いるとされるアルツハイマー病患者に応用することができるようになる。

  これまでの実験結果からみて、寿命を延ばすという効果を期待することは難しそうだ。
  しかし、老化とともに現れてくる疾病の治癒に貢献することにより、「健康寿命」を延ばすことは期待できそうだ。

「フランス短編傑作選」 [海外文学]

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  岩波文庫の一冊。
  19~20世紀に活躍したフランスの作家の短編を中心に集めている。
  そのうちの二作品。いずれも愛に関する話。

1 「ヴェラ」 オーギュスト・ヴィリエ・ド・リラダン(1838~1889)
  愛の不可思議な力には限りがない。

  パリの豪壮な屋敷に住む伯爵は、結婚して6か月の最愛の伯爵夫人を失う。
  「死」は突如、雷のように襲ってきた。
  夜、激しい抱擁に恍惚となって我を忘れ、そのため心臓が悦楽に耐え切れずに息絶えたのであった。

  伯爵は、地下墓所での悲しい儀式の後、屋敷に戻った。
  彼は年老いた下僕とともに、伯爵夫人がそこにいるかの如くの生活を始めた。
  伯爵は、最愛の妻の死を全く忘れて暮らしていた。
  伯爵も下僕も、自分たちが何をしているかわからなかった。
  どこまでが幻想で、どこまでが現実なのか区別しがたくなっていた。

  1年が過ぎたある夜、伯爵夫人が冥界の奥から、かぐわしい自分の香りの残るこの部屋へ戻ろうと、可憐にも努めていた。
  彼女は伯爵のもとへ戻ってきたいと思った。
  
  伯爵はそれに気づき、彼女がここにいることは、この自分の存在同様に確実なことだ、と伯爵は平静に考えた。
  信念の力によって、復活の道が彼女のところまで届いたのだ。
  彼はそばへ駆け寄った。
  二人の唇は合わされた。
  
  突然、伯爵は身をふるわせた。
  ふと何か不吉なことを思い出したように、
  「ああ、そうだった。何をぼんやりしているんだろう。お前は死んだのだったな。」

  この言葉が発せられたとたん、燃えるがごとき白い幻は空に戻り、伯爵の腕の中ではかなくもかき消えた。
  彼の夢は一挙についえ去った。

  彼はつぶやいた。
  「お前の所まで行くには、どの道を行けばいいのか。そちらへ行ける道を教えてくれ・・」

2 「ある少女の告白」 マルセル・プルースト(1871~1922)
  14歳の時、一つ年上の従兄が、後悔と愛欲でたちまち体が震え出すようなことを教えた。
  彼の話を聞き、手をなでられるがままにしながら私は、毒されている快楽を味わっていた。
  このことを母に打ち明けると、母は大したことではないとやさしく言ってくれたので、私の良心の重荷は次第に軽くなっていった。
  
  16歳のころ社交界に連れていかれ、質の悪い不良に恋をするようになった。
  彼は不意をつくようにして私を悪の道に誘い込み、悪い考えが私のうちにひとりでに目覚ますようにならせていった。
  私は、若い娘はみな同じようなことをしていて、親はただ知らぬふりをしているだけだということが呑み込めるようになった。

  私が生涯で一番くだらない人間であったこの時期に、私は皆からいちばん賞賛された。
  すり減った良心の奥底で、こうした的外れの賛辞に絶望的な恥ずかしさを覚えていた。

  20歳の冬、ある青年との結婚を承諾した。
  そして、告解師にこれまでの罪のすべてを打ち明けた。
  告解師はフィアンセには打ち明けなくともよいが、二度と過ちを起こさないと誓うことで、罪の許しを授けてくれた、

  間近に迫った私の結婚を祝って乾杯が行われた。
  私は、ぶどう酒そしてシャンパンと杯を重ねてしまった。
  そこに私の過去の過ちに最大の責任がある青年が近づいてきた。
  私は彼にについて行き、部屋に鍵をかけ、抱き合った。
  
  近くの鏡の中で、きらきらかがやく眼から上気した頬、顔全体が官能的な、おろかしい、けものじみた喜びに息づいていた。

  そのとき、母がバルコニーの上から、あきれ返った表情で私をながめているのが見えた。
  母は後ろに倒れた。卒中におそわれたのだ。

  私は危うく失敗するところだった。 
  狙いはちゃんとつけたのだが、引き金の引き方がまずかった。
  でも弾丸は摘出できず、心臓に異常が生じている。
  もうそう長いことはないだろう。私は死ぬのだ。



「植村直己の冒険学校」

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  文春文庫ビジュアル版の一冊。1994年刊。

  著者の植村直己さん(1941~1984)は、登山家、冒険家。
  主な業績は・・・
  1968~1970 世界初の五大陸最高峰登頂
    欧州   モンブラン    4,810m
    アフリカ キリマンジャロ  5,895m
    南米   アコンカグア   6,959m
    北米   マッキンリー   6,194m
        (現在は「デナリ」と呼ばれている)
    アジア  エベレスト    8,848m

  1974~1976 北極圏12,000m犬ぞり探検(グリーンランドからアラスカまで)
  1978    北極点単独制覇
  1984    マッキンリー冬季単独登頂

  1984年、マッキンリーの登頂成功は確認されているが、帰路遭難して帰らぬ人となった。
  同年、国民栄誉賞受賞。

  本書は、植村さんが残した録音テープを基に、死後出版された。

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1 歩く
  1971年に、北海道の稚内から鹿児島まで3,000キロを52日間かけて歩いた。
  一日平均60キロ。
  所持金3万円、装備らしきものは一切持たずの旅。
  
  この走行の収穫は、この体の状態ならどのくらい歩けるか、どいう体のコンディションで歩くのが一番いいのか、体を中心にして物を判断するのが正確にできるようになったこと。

2 退く
  進むか退くか、いったん休むか、行動の中で最も重要なこと。
  一般的に言えば、行動は体力の50~60パーセントのところでとどめておかなくてはいけない。
  
  退くとか、じっとしているというのは難しいこと。
  しかし、体力はいつも蓄えがあるようにして、出し切らないこと。
  出し切った時は、体が動かなくなって生き延びることが難しくなる。

3 悪天候
  極地の場合ならブリザード(地吹雪)のときは、絶対に動いてはいけない。
  けがをしたり、凍傷にかかったりするのが目に見えている。
  
  日本の山でも、激しい雨風の時は行動すべきではない。
  どんな時でも雨で体を濡らしてはいけない。
  風も、風速1メートルにつき体温が1度奪われる。
  風速10メートルで気温が10度下がるのだから恐ろしい。

4 凍傷
  まず、寒さによるすごい痛みがくる。
  その後、その痛みがすっと消え、そこの色が乳白色になる。
  これをほっておくと、本物の凍傷にかかってしまう。
  
  だから、足だったら必死になって素早く動かす。
  顔の場合は、素手でほっぺたなり鼻なりを温める。
  そうすると乳白色が消えて元の色に戻ってくる。
  と同時に痛みが帰ってくる。

5 極地での服装
  極地では、なんといってもエスキモーの人たちと同じ装備が一番。
  マイナス30度を超すと、ダウンジャケットより、エスキモーが昔から使っている毛皮の方が断然優れている。

  上着はカリブー(トナカイ)の防寒服。
  ズボンはシロクマの毛皮で、ひざまである半ズボン。
  その下にアザラシの毛皮の長靴。

6 生肉
  エスキモーの人たちの家で暮らし始めた時、最初に目にしたのが、天井からぶら下がって血を滴らせている肉の塊。
  それは脂と血でどす黒くなっていて、薄気味悪いものだった。

  エスキモーの一人が切り分けてくれたのを口の中に入れたが、口の中に生臭さが充満してくると、飲み込もうという気持ちが薄れてくる。
  無理やり飲み込んで、うまいという表情を作ると、また肉を切り取って出してくる。

  そうして数日も経つと、これはもう少し脂の味があった方がいいとか、もっと生臭さがあった方がいいとか、分かるようになってくる。

  エスキモーの人たちは、肉を焼くのを嫌がる。

7 キビヤック
  グリーンランド北部の、キビヤックという料理は、皮下脂肪を残したアザラシの皮で作った袋に、アバリアスという渡り鳥をたくさんそのまま詰め、1年間ほったらかしにして寝かせる。

  エスキモーにとっては、これが最高の御馳走。
  強烈なにおいがするが食べるとうまい。
  正直言って、最初はこの食べ物には度肝を抜かれた。
  しかし、そのうちもう虜になってしまう。

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「殺戮の宗教史」 [宗教]

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  東京出版、2016年3月刊。
  著者は宗教学者の島田裕巳さん。

  宗教と殺戮の関係で検討対象となるのは・・・
  ① 世界でテロを繰り返すイスラム原理主義
  ② 異教徒や異端者の殺戮を容認してきたキリスト教
  ③ 戦没者を英霊として祀る日本の神道

1 イスラム教の特徴
(1)預言者ムハンマドは、イスラム教の開祖であると同時に、イスラム共同体の政治的な支配者となり、武力を使って勢力を拡大した。
 (キリストや釈迦は政治的な支配者とはならなかった)

(2)キリスト教の「洗礼」に当たるような儀式はなく、また、偶像を崇拝することも禁止されている、比較的シンプルな宗教である。
 (モスクには開祖などの像はなく、単なる礼拝をするための集会所である)

(3)イスラム教が誕生した背景には、アラブ社会における部族同士の対立と抗争があり、そうした事態から抜け出すためには、それぞれの部族が独自の神を信仰するのではなく、共通の神を信仰することが求められた。

   イスラム教で部族の統一を進めるためには、武力に頼ることも認められた。
   コーランでは、「多神教徒は見つけ次第、殺してしまうがよい」と記されているが、部族間の対立抗争を防ぐためには、どうしても宗教による統一が必要であったため。

(4)教団組織を持たない。
   イスラム教には二大宗派としてスンニ派とシーア派があるが、これらは学派としての性格が強く、それぞれの派が教団を組織しているというわけではない。

   教団組織が存在しないため、教義を実行するかどうかは個人に任されている。
   このため、「多神教徒は見つけ次第、殺してしまうがよい」というコーランの言葉の時代背景を考慮せずに、その言葉通りに実行に移そうとする信者が出てくることにもなる。

(5)「原理主義」を、もともとの教義により忠実になろうとするということと考えれば、イスラム教はキリスト教や仏教よりも全体的に原理主義的な傾向が強い。
  (イスラム教徒はコーランを重視し、そこに示された法に忠実であろうとする)

2 キリスト教の暴力性
(1)カトリックでは、神やキリストだけではなく多くの聖人を崇拝している。
   また、聖人の遺骸、遺骨、遺品などを崇拝する「聖遺物崇拝」も行われている。
   こうした傾向が、聖地としてのエルサレムを重要視した十字軍につながった。

(2)福音を伝えることを使命とする宗教であり、そのためには犠牲をいとわない。
   これは開祖であるキリストが十字架にかけられて殺されたことから、その信仰が始まるからである。
   
   イエスは人類全体の罪をつぐなうために殺されたのだという教えが確立され、そのイエスに倣って殉教することが、福音を伝える人間にとってもっとも尊い行為と位置付けられた。

(3)ローマ教皇の権威が確立し、そこで決められた教義は「正統」とされ、そこで排斥された教義は「異端」とされた。

   異端は弾圧や処罰の対象となっていった。

3 キリスト教の善悪二元論
(1)唯一絶対の善なる存在である神が創造したこの世において、なぜ「悪」が存在するのか。
   世界にはもともと悪は存在しない。
   しかし、天使の堕落により悪魔が生まれ、それが悪を生み出すことになったとした。

(2)こうした善悪二元論に立つ者たちは、自分たちに敵対する人間や勢力が出てきた場合、それを悪魔と呼んで、激しく非難し、攻撃を繰り返す。

(3)しかもそれが神という超越的な存在からの絶対的な要求として人間に迫ってくる。
   そうなれば、人は殺戮という行為に神聖なものを見出し、積極的にそれを実践していくことになる。

4 神道における神の暴力性
(1)皇祖神とされている天照大神は、武神としての性格を持っていた。
   天照大神は、天皇に対して西の方にある国、すなわち朝鮮の新羅を征伐するように命令したとされている。
   この話が、後に秀吉による「朝鮮征伐」や、近代における「韓国併合」を正当化することに使われた。
   天照大神は殺戮を命じる神だった。

(2)多神教の世界では、多く存在する神々の間で役割の分担が行われる。なかには武神、軍神があり、多神教であるからといって、殺戮と無縁であるということにはならない。

   石清水八幡宮や鶴岡八幡宮などの八幡神は武神である。
   また、神社に戦勝を祈願するということは、太平洋戦争の際にも盛んに行われた。


東芝の行方

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 *雑誌「世界」2017年8月号掲載論文
  「東芝はどこへ行くのか」(会計評論家の細野祐二さん執筆)に拠る。

1 債務超過から脱出は可能か?
(1)債務超過見込み
   2017年3月末時点の債務超過額    5,400億円
   WEC関連の今後の損失発生見込み額  9,933億円  
          合計       1兆5,333億円 ・・・①
  (WEC・・米ウェスティングハウス)
  (ただし、今後の損失見込みは最大2兆2,908億円の可能性あり)

(2)東芝メモリの売却益
   東芝メモリの売却はいまだ不確定であるが、仮に2兆円で売却できたとすると、簿価が5,923億円であるので、売却益は1兆4,077億円(②)となる。
   2018年3月期の通常業務による利益が2,000憶円(③)見込めるとすると、2018年3月末の株主資本額はプラスの744億円と、ぎりぎり債務超過を回避できる。
       ① ー1兆5,333億円
       ② +1兆4,077億円
       ③ +  2,000憶円
        合計 + 744億円
   
(3)不確定要因
    2017年3月末時点の債務超過は確定しているので、2018年3月期も債務超過ということになると、二期連続の債務超過ということで、上場廃止に追い込まれる。

    主要な不確定要因は・・
    ① 東芝メモリの売却
       ・2兆円以上で売却可能かどうか。
       ・提携先のウェスタンデジタルが売却手続き停止を求めている。
    ② WECの整理損1兆5,900億円が税務上、損金として認められるか。
      (WECの再生計画が米当局から認可される必要がある)
    ③ WEC関連の今後の損失発生見込み額が 9,933億円で収まるか。

2 その他の問題
(1)監査法人との対立
   東芝とPWCあらた監査法人が対立し、2017年3月期決算が確定できない状態になっている。
   対立点は、2015年10月にWECが買収したS&Wの工事損失引当6,357億円の認識時期。

   PWCあらたは、S&Wを買収した2015年10月時点で、工事損失を認識していたはず、と主張。
   東芝は、買収した2015年10月時点では認識しておらず、2016年12月になって初めて認識した、と主張している。

   この点についてはPWCあらたの主張の通りに決着する可能性が強い。
   ただし、東芝が巨額の工事損失の存在を隠して買収を決めたとなると、当時の経営陣の特別背任が問題となってくる。

(2)東芝の会社更生法申請
   本年3月、WECがチャプター11を申請するに際して、日本政府は米国政府に対して以下の理不尽な条件を吞まされている(世耕経済産業大臣が訪米)。
   ① 米国政府が行った融資保証83億ドル(9,500億円)は履行しなくてよいこと。
   ② WECにおいて米国民の雇用が損なわれないこと。

   このため、日本政府としては米国政府とのこの約束を守るため、東芝を生かしておかなければならない。

   会社更生法という、東芝が再生するために利用可能であるべき道が、日本政府の安易な妥協により閉ざされてしまった。

(3)たかるヘッジファンド
   エフィッシモという村上ファンド系のヘッジファンドが東芝株を安値で買い集めている。
   会社更生法が適用されると東芝の株式は無価値となるが、このファンドは、東芝は会社更生法適用に踏み切ることはないとみている。
   東芝が債務超過になり、上場廃止になったとしても、資産を切り売りして行けば、十分に利益が出てくる、という考えである。


 * 高い技術を多く保有している東芝という会社が、無能な経営者、政治家、ヘッジファンド、米国政府などにより食い散らされ、消滅してゆくのだろうか。


日本の男女不平等 [インターネット情報]

 男女平等.png

 世界経済フォーラムが昨年10月に、各国における男女格差を測るジェンダー・ギャップ指数を発表した。
  この指数は、経済、教育、政治、健康の4つの分野のデータから作成される。
  2016年の日本の順位は、144か国中111位だった。

  最上位は北欧諸国が占め、アジアではフィリピンが7位と最も上位にランク付けされた。
  西欧諸国では、ドイツ(13位)、フランス(17位)、英国(20位)が上位に来ている。
  アメリカは45位となっている。
  東アジア諸国は、中国(99位)、日本(111位)、韓国(116位)と、いずれも男女平等が進んでいない。

  要因別に日本のランキングを見ると、特に経済面が他国に比べ劣っている。
   経済   118位
   健康   40位
   教育   76位
   政治参画 103位

  経済面では男女の賃金格差が影響している。
   *男女別の推定勤労所得  
      男性  48,796米ドル(538万円)
      女性  25,091米ドル(276万円)
         男性比 0.514

  政治への参画では、日本の国会議員の女性比率は11.6%で、189か国中147位。
  地方議会の女性比率も同じく11.6%と、低い。

  日本で男女平等が進まない理由は?
  1 男尊女卑の思想が社会全体に深く浸透しており、男女平等の思想が確立されていない。
    ・「かわいい」という外面重視の風潮を、日本の文化のごとく取り扱うマスコミ。
    ・外国では見られない「お茶汲み」という日本の風習。
    ・男女不平等の、神道や皇室制度の残存。
    (沖ノ島という、女人禁制の、宗教団体が私有している島が、なぜ世界遺産になるのか)

  2 女性の側からの、男女平等化の積極的姿勢が充分でない。
    ・選挙の際に、女性の多くが投票所に行き、女性議員に投票するようでなければ、男女平等化という社会の改革は進まない。
  

  昔は男性が独占していた多くの職業が、女性も就業可能になっている。
  例えば、
   ・電車の運転士、車掌
   ・飛行機のパイロット
   ・プロ野球選手(制度上は可能)

  また、女性が独占していた職業にも男性が進出している。
   ・看護師
   ・歯科衛生士

  助産婦はいまだ女性に限られているが、制度的に男性を禁止するべきではない。
  また、大相撲が、土俵上は女人禁制などと時代錯誤的なことをすることは自由であるが、それをNHKが高い放映権料を払ってサポートするのは止めるべきだ。

  北欧のように女性が生きやすい社会では、男性もその恩恵を受けている。
  日本でも、男女平等化を社会全体の大きな目標とすべきだ。

「小出楢重随筆集」 [日本文学]

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  岩波文庫の一冊。1987年刊。
  小出 楢重(1887~1931)は、大正から昭和初期に活躍した洋画家。

1 「裸婦漫談」
  日本の女は形が悪い、何といっても裸体は西洋人でないと駄目だとは一般の人のよく言うことだ。そして日本の油絵に現れた女の形を見て不体裁だと言って笑いたがるのだ。

  それでは、笑う本人は西洋人の女に恋をしたかというとそうでもない。
  私は人種同士が持つ特別な親しみというものが、非常に人間には存在するものだと思っている。
  よほど特別仕立ての人間でない限りは、人は同じ人種と結婚したがるものだ。

  日本人の裸を最もうまく描いたものは、何といっても浮世絵だと思う。
  浮世絵に現れた裸体の美しさは、いかに西洋人が描いた理想的という素敵な裸体画よりも、人を感動せしめるかは私が言わなくとも知れている事実である。

2 「胃腑漫談」
  総じて病人というものは病気を死なぬ程度において、十分重く見て欲しがるものらしい。
  「君の病気は重大な病気だよ。なかなか得がたく珍しい種類のもので、まず病中の王様だね」くらいに賞賛するとずいぶん喜ぶものだ。
  しかし、決して死ぬと言ってはいけない。

  私なども、自分の胃病を軽蔑されたりすると、多少癪に障ることがある。
  おれのはそんなくだらないケチな胃病とは違うんだと威張ってみたくなることがある。

  私の胃病は、胃のアトニーというもので、胃の筋肉が無力となって、いつも居眠りをしているのだそうだ。一種のサボタージュだと見ていい。食欲が起こってこないのだ。

3 「骨人」
  脂肪過多はどうも夏向きでない。でぶでぶと肥えた人たちは、真夏において殊に閉口しているのを私はよく見る。
  何といっても夏は私のような骨人の世界だ。
  私のほかにも、幽霊、人魂、骸骨、妖怪、セミ、トンボ、蜘蛛の巣、浴衣、すいかなどいろいろと控えていて夏を楽しんでいる。

  私はまた夏を好く以外、すべて温かそうなもの、陽気なもの、明るいもの、肥えたもの、脂肪多き女と食物、豚のカツレツ、ストーブ、火、火鉢、湯たんぽ、こたつ、毛織物、締め切った障子、紅の色などというものを好み、なつかしむ心甚だしい。

4 「大阪弁漫談」
  大阪で発祥したところの浄るりを東京人が語ると、本当の浄るりとは聞こえない。浄瑠璃の標準語はなんといっても大阪弁である。

  東京で私は忠臣蔵の茶屋場をみた。役者は全部東京弁で演じていた。
  従ってその一力楼は、京都ではなく両国の川べりであるらしい気がした。

  今の新しい大阪人は、全くうっかりとものが言えない時代となっている。
  だからなるべく若い大阪人は大阪弁を隠そうと努めているようである。
  また、近頃は大阪弁に標準語のころもを着せた半端な言葉が現れだしたようである。

  私は、私の無礼が許される程度の仲間においては、なるべく私の感情を充分気取らずに述べえるところの、本当の大阪弁を使わしてもらうのである。
  すると、あらゆる私の心の親密さが全部ぞろぞろと湧き出してしまうのを感じる。

5 「下手もの漫談」  
  ただ食事のために作った茶碗など、日常の卑近なるものでありながら、その職人の熟練やその時代の美しい心がけなどがよく表れた結果、芸術家の苦心の作品よりももっと平易で親しみやすい、気取らぬ美しさが偶然にも現れているといった品物に対して、骨董屋は下手ものと呼んでいる。

  日本人は何から何まで本物でなければ承知しない癖があるが、私は世界を美しくするものは何も本金であり本物の真珠でも、ダイヤモンドでもないと思っている。それは土であり石ころであり、粘土であり、ガラスであり、一枚の紙であり画布である。
  ただそれへ人間の心が可愛らしく素直に熱心に働いたところに、あらゆる美しきものが現れるものだと考えている。

人間を食う話 [海外文学]

魯迅.png
<魯迅>

  中国での、人間を食う話。
  一つはフィクションで、もう一つはノンフィクション。

1 魯迅「狂人日記」
  ・魯迅(1881~1936)は戦前の中国を代表する小説家。
  ・「狂人日記」は、狂人の手記により、中国の古い社会制度や家族制度の虚偽を暴露することを意図しているという。

 「ぐるになっておれを食う人間が、おれの兄貴なのだ。人間を食うのがおれの兄貴だ。おれは人間を食う人間の弟だ。おれ自身が食われてしまっても、おれは依然として人間を食う人間の弟だ。」

 「自分では人間が食いたいくせに、他人から食われまいとする。だから疑心暗鬼で、お互いじろじろ相手を盗み見て・・・。 

  こんな考えを棄てて、安心して仕事をし、往来を歩き、飯を食い、眠ったら、どんなに気持ちがいいだろう。それはほんの一跨ぎ、一つの関を越えるだけだ。だが、やつらはお互いに励ましあい、お互いにけん制しあって、死んでもこの一歩を踏み越そうとしないのだ。」

 「たぶん大昔は、人間が野蛮だったころは、だれでも少しは人間を食ったんでしょうね。それが後になると、考えが分かれたために、ある者は人間を食わなくなって、ひたすらよくなろうと努力し、そして人間になりました。まっとうな人間になりました。

  ところが、あるものは相変わらず人間を食った。この人間を食う人間は、人間を食わない人間に比べて、どんなに恥ずかしいでしょうね。」

 「俺の妹は五つになったばかりだった。かわいい、いじらしい様子が今も眼に浮かぶ。おふくろは泣き通しだった。妹は兄貴に食われた。」

2 ユン・チアン「ワイルド・スワン」
  ・ユン・チアン(1952~)は中国生まれで、現在ロンドン在住の作家。
  ・「ワイルド・スワン」は、文化革命時代の自分の祖父母や両親について書き綴ったもの。
 
 <ユン・チアン>
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 「(毛沢東の躍進政策の失敗により発生した)1958~1961年の飢饉の救済に当たっていた担当官が、四川省では7百万人が死んだと話していた。これはこの地域の人口の10%にあたる。中国全体では飢饉により3千万人が亡くなったとみられている。」

 「1960年のある日、叔母の隣に住んでいた3歳の娘がいなくなった。数週間後、その娘の親が娘が来ていた服とそっくりな服を着ている子を見つけた。

  その服を調べたら自分の娘のマークがあった。その親は警察に通報した。取り調べの結果、その服を着ていた子の両親は、数多くの幼児を誘拐して殺害し、ウサギの肉として法外な値段で売っていたことが分かった。

  犯罪を犯した二人は直ぐに処刑され、事件が公になることはなかった。しかし、幼児の殺害は当時、広範囲に行われていたといわれている。」

 「ある村落では、35%の農夫が死んだ。父の友人の話であるが、ある日、農夫が駆け込んできて、ひどい罪を犯してしまったと叫んだ。彼は、罰してくれと言った。

  その後の調べで、彼は自分の赤ん坊を殺し、食べてしまったことが分かった。飢餓は制御不能な力となり、彼にナイフを持たせてしまった。警察は彼を逮捕し、見せしめのため、射殺した。」

 「毛沢東は、飢饉をソ連による過酷な借金取りたてや自然災害のせいにした。またある時、毛沢東は飢饉の原因の70%は自然災害で、30%が人災であると言った。これに対して、劉少奇は30%が自然災害で、70%が人災と言い、後に毛沢東により失脚させられた。」


2050年までに人類が直面する重大問題 [インターネット情報]

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  BBC電子版に拠る。

1 人間の遺伝子操作
  近年、人間の遺伝子を編集することが技術的に可能になってきている。
  これによりガンなどの病気を抑制することも視野に入りつつある。
  
  しかし、一方では倫理的な問題も指摘される。
  優生学的な考えから、受精卵を選別して、知的あるいは肉体的に優れたデザイナーベイビーを作るということからさらに先に進むとどういうことになるか。
  DNAの操作をしたくてたまらない研究者や企業だけではなく、倫理学者をこの問題に参画させる必要が増大している。

2 人類の高齢化
  世界の人口が増加するだけではなく、高齢化していく。
  百歳以上の人は現在世界で50万人であるが、2100年までには2,600万人に増加すると見込まれる(日本は現在6.5万人)。

  高齢化が進む国では、介護などのニーズが増えることや、労働人口の減少から、より多くの移民の流入を許容することが必要になる。
  日本ではロボットの活用を目指している。

3 沈みゆく都市
  気候変動により洪水がより多く見られるようになっただけではなく、建物のデザインにも影響を与えている。
  防波堤の設置のほか、1階部分をより高くすることが求められている。
  しかし、こうした一時しのぎの対策では防ぐことができず、多くの都市、島、低地地域が失われていく。
  こうした地域への経済的打撃は深刻なものであり、「気候難民」も一般化する。

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4 ソーシャルメディアの進化
  今後30年間でソーシャルメディアはどのように変化し、我々に与える脅威はどのようなものであろうか。

  プライバシーの喪失やネット上のいじめ、あるいはネット荒らしといったことが挙げられる。
  また、虚偽のニュース蔓延の問題がある。それらに多くの人が日常的に触れていた場合、社会の世論形成にどのような影響を与えるだろうか。

  ソーシャルメディアは今後、現在では考えつかないような問題を我々に投げかけるかもしれない。

5 地政学的な緊張
  近年、地域の脆弱な均衡が揺らぐ状況を見てきた。
  北朝鮮のミサイル、欧州への難民流入、他国の選挙へのハッカーの介入、世界的な右傾化現象など、数多くの問題が発生している。
  外交の基本姿勢を維持することが大事だ。

6 安全な自動車の旅
  新幹線や次世代交通システムの導入ということが検討されているが、今後数十年間。自動車は交通の主役であり続ける。
  自動運転車が開発されても、自動車の数自体が急増すれば、環境問題や道路混雑の深刻化は避けられない。

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7 天然資源の減少
  スマートフォンをはじめとする新しい機器はレアメタルを必要とする。
  現在、中国がレアメタルの90%を生産しているが、50年後には資源が枯渇すると推定されている。
  代替品の発見は容易ではない。

8 地球外への移住
  火星など他の惑星への移住は可能なのであろうか。
  宇宙旅行が、専門機関や大金持ちだけのものではなく、より一般化するためには解決すべき課題が多い。
  人間を暗黒の世界へ放り出すには、資金面だけではなく、補給、安全、外交などを検討して行く必要がある。

9 脳の力の促進
  コーヒーだけではなく、いくつかの覚醒を維持するための精神刺激薬がすでに利用されている。また、スマートフォンが記憶力を補充するものとして活用されている。

  しかし、数十年先を展望すると、思考能力を高速化する薬や集中力を高めるための物質の移植などが考えられる。
  こうしたものはすでに研究が始まっているが、利用可能となった場合、利用できる者とできない者の格差が拡大することになるのではないだろうか。
  試験の前にコーヒーを飲むのは許されるとしても、こうした物質の移植を受けたり、高価な薬剤を使用するのはどうだろうか。

10 AI(人工知能)の席捲
  AIが人間の能力を超え、急激に成長することが現実の問題となりつつある。
  AIは医療や金融といった方面で活用されるようになりつつあり、倫理的あるいは社会的な影響について検討することが必要である。

  AIは人間の生き方や働き方に大きな影響を与える。
  また、AIが故障をしたり、人間のコントロールが利かないような進化をした場合、人類に甚大な被害を与えることも考えられる。

 

日本人によるスイスアルプス登頂の歴史

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  4,000メートル前後の高峰が聳え立つスイスアルプス。
  そこに日本人登山家が偉大な足跡を残した。

  以下に拠る。
  ・「山の旅」 岩波文庫 

1 アイガー東山稜の初登攀
   (3970メートル)  槇有恒     1921年
  当時、南側と西側からは登頂できていたが、東側と北側はまだ誰も登ったことがなかった。
  東側は約3,000メートルの断崖が屹立している。
  3人のスイス人ガイドとともに登頂。

  アイガーは石灰岩でできている。
  概して、岩の面が平滑で堅く、手足の懸かりが少なく登りにくい。
  この辺りは、分厚なスレートの層を斜めに重ねたような感じである。
  
  午後5時、山稜の一地点に、間口が60センチ、奥行きが120センチほどの自然にできている穴を発見し、露営の場所と決めた。

  日が暮れ切ると、風も雲もだんだん激しくなって、雪さえ降ってきた。
  粉雪が目にも耳にも吹き込む。

  翌朝、午前6時に行動を開始し、3,500メートルくらいのところに辿り着く。
  ここまでは、今までこの山稜の登攀を試みた人たちも登っているが、この上の急にそそり立つ痩せた絶壁がこの人たちを追い返した難場である。

  この難場の200メートルを登り終えるのに、朝の9時から午後の5時までかかった。
  午後7時15分前、ついに頂に立った。

  直ぐに降り始め、ふもとの町に戻ったのは午前3時であった。

  朝になると、花火がとどろき、広場は人の群れだ。
  皆がおめでとうと言う。
  村の山と言っても良いアイガーの、それも村からよく見える東山稜が、長い間登られずにあったというのだから、村の人たちが喜んでくれたのは、もっともだと思う。

2 ウエッターホルン西山稜の初登攀  
   (3701メートル)  浦松佐美太郎  1929年

  山へ登る者の数が増え、技術が発達するとともに、昔の人たちが念頭にも置かなかった岩角や氷の懸崖に、新しい魅力を感じるようになる。
  かくして、山はそのあらゆる方面から、人によって頂上が極められるようになった。

  ウエッターホルン西山稜も、アルプスに残されていた問題の一つであった。
  麓の村々の者には、不可能の山稜として思いあきらめられていた。

  しかし、あきらめきれないスイス人ガイドがいて、私にこの西山稜を一緒に試みることを薦めた。

  朝4時、小屋を出てガイド二人とともに登り始める。
  しばらく氷河を登る。
  大きな塔のように聳え立つ褐色の岸壁の、北側の麓に当たる所で、ともかくよじ登れそうな 足場を見出す。
  ずるずる崩れ落ちる足場の悪い岩を登ってゆく。

  岩の角に足を掛けて向こう側へ飛ぶ。
  下をのぞくと、靴の先のひっかかっている岩角から真直ぐに600メートル下のクリンネ氷河までの間は、空気の他には何もない。

  岩が凍っているので指に吸い付く。
  50度から60度の急さだったろう、背中のルックサックが体を後ろへ引くのに苦しまされる。

  さらに上へと昇り始める。
  汗で体がぐっしょりと濡れている。

  難所を超え、丁度12時、岩の上に腰を下ろし、ルックサックを開いてあるだけの御馳走を食べる。

  最後の急な斜面を登る。
  青空へ突き刺すように昇っていた氷の一線が、とたんに目の前に切れてなくなる。
  頂上だ。

3 アルプス三大北壁の登頂   今井道子
   女性として初めてアルプスの三大北壁の登頂に成功した。
  
      1967年 マッターホルン北壁登頂  4477メートル
      1969年 アイガー北壁       3970メートル
      1971年 グランド・ジョラス北壁  4208メートル

<アイガー北壁>
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