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「蘭学事始」 [医療]

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  中公クラシックスの一冊。2004年刊。現代文に訳されている。
  著者は杉田玄白(1733~1817)。
  江戸時代の医師。若狭国小浜藩医の後、日本橋オランダ流外科を開業
  
  前野良沢、中川淳庵らとともに、オランダの医学書「ターヘル・アナトミア」を和訳し、1774年に「解体新書」として出版した。

 <解体新書>
解体新書.png

  「蘭学事始」は晩年に、「解体新書」翻訳時の苦労等を回想したもの。
  当初は私文書として保存されていたが、1869年、福沢諭吉はじめ有志一同が広く知らしめる価値ありとして、出版した。

 <蘭学事始>
蘭学事始.png

1 当時の医術
(1)中国から伝来した医術のほかに、江戸時代に入りオランダ流の外科療法が入ってきた。

(2)オランダ流の外科療法といっても、オランダ医師から通訳を通じての聞きかじりであり、結局は膏薬(こうやく)や油薬(あぶらぐすり)の調整法、使用法ばかりであった。

2 舶来品に対する規制の弾力化
(1)江戸時代初期は、西洋のことについては、すべてにわたって厳しい制限が課せられていた。通航が許されていたオランダに関してさえ、その国の文字を読み書きすることは禁止されていた。

(2)通訳の人たちも、オランダ語をただカタカナで書き留めておくといった程度で、もっぱら口で覚えてなんとか通訳に役立てていた。

(3)しかし、江戸の世も100年以上経つと、なんとなく西洋のことを遠慮する必要もないような雰囲気になってきた。通訳の人たちが、横文字を習い、あちらの本を読むことができるようにしたいと、幕府にお許しを願い出たところ、もっともな願いであると許可された。

(4)蘭書などを所持することも公認されているわけではないが、実際には所蔵している人もいるという状況になってきた。

3 「ターヘル・アナトミア」を入手
(1)1771年、江戸に来ていたオランダ人から、「ターヘル・アナトミア」など2冊の人体解剖の図解書を譲り受けた。代金は藩が支払ってくれた。しかし、そこに書いてある文章は理解することができなかった。

(2)もしこれらの本を直接に日本語に訳すことが出来たら、非常な利益になることは目に見えている。それなのに、これまでその方面に進もうと志を立てた人がいないのは、いかにも残念なことだと思った。

4 腑分け
(1)オランダの解剖書が手に入ったのだから、とにかくまず、その挿し絵図を実物と照らし合わせてみたいものだと考えていた。

(2)そこに町奉行の家来から、明日、千住の刑場でお抱え医師が腑分けをするので、お望みなら見学をしても良いとの知らせが届いた。翌朝、前野良沢とともに予定の場所に赴いた。

(3)良沢と私は、たずさえていったオランダの解剖図と照らし合わせて見ていたが、一つとしてその図といささかも違っているところがない。中国の古来の医書とは大いに異なっていた。

(4)二人は、今まで体の本当の形態も知らずに医者家業を続けていたのはなんとも面目ない、なんとか「ターヘル・アナトミア」を翻訳して体のことをもっと詳しく知り、治療に役立てたい、と話し合った。

5 翻訳作業
(1)早速皆で翻訳作業を始めたが、知っている単語は限られており、分からないことばかりだった。日が暮れるまで考え詰めても、一座の者がただお互いににらみ合っているだけで、わずか一、二寸ほどの長さの文章の一行でもわからないでしまうというありさまだった。

(2)しかし、ぴったりとした訳語を探し当てた時の嬉しさはたとえようもないほどだった。こんなふうに、あれこれと推測して訳語を決めていった。そしてその数も次第に増えていった。

(3)1か月の6、7回は集まって、このように思いを凝らし、精魂を傾け、苦心惨憺したのであった。およそ1年余りもたつと、訳語のたくわえも相当増え、読むにつれて自然にオランダ国の様子も飲み込めるようになっていった。

6 翻訳の完成
(1)4年の間に原稿を11回までも書き換えたあげく、ようやく「解体新書」翻訳の事業は完成した。

(2)振り返って考えてみれば、西洋の外科の法はすでに200年前から日本に伝わっていながら、直接にその西洋医書を翻訳するということは一度も試みられなかった。我々の最初の仕事が、およそ医学の一番の基本となるべき人体の内部構造を説いた本の翻訳であって、それが蘭書翻訳の始まりとなった。

(3)いよいよ出版するというとき、禁令を犯したとして罰を被るのではとの懸念があった。しかし、我が国の医学の道の発展のためということで覚悟して、決断した。さいわい幕府ならびに京都の朝廷にも翻訳書を献上することができた。万事差しさわりなくすんだ。

7 蘭学の発展
  翻訳を思い立ってから50年近い年月を経て、今や蘭学と呼ばれて全国に及び、年々に翻訳書も出るありさまと聞く。私は長い天寿を授けられ、この学問の開け始めの最初から経験し、今のように盛んになるまでの成り行きをこの目で許された。私はうれしくてならぬ。